2日目の23日朝8時頃にホテルのスタッフに見送られて朝飯を食いに行く。
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雨が降って寒い中、日韓両国旗を振っての見送りだった。後にも先にも見送ってくれたのはこのホテルだけだった。
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バスで20分ほど走った市内のレストランでカルビ湯の朝飯を食った。中々上手かった。

又又バスに揺られ「伽耶山海印寺」に行った。
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ここは802年頃の創建で81,258枚からなる木版『高麗八万大蔵経』を保管する朝鮮初期の木造建築で現在ユネスコ世界遺産に登録されている。

その後昼食を食べに…メニューは「カルグッス(韓国式手打ちうどん)」だ。
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ピリッと辛目が新鮮だった。

食後又又又バスに揺られ「安東河回村」(アンドンハフェマウル)の見学に行った。
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ここは専属のガイドに案内してもらった。中々可愛い子だった。九州大分大学に留学していたそうだ。
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ここは韓国俳優のリューシオンさんの実家だ。今も年に数回帰郷するらしい。
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この村は三方を洛東江(らくとうこう、ナクトンガン)に囲まれている。その河の向こう岸に登攀意欲をそそられる壁があった。ガイドに聞いたら登られていないらしい。何とも勿体ない。

見学後に丹陽に行き夕飯を食った。←何か食ってばっかり…
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これは名物ゴンドレ釜飯で美味かった。
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韓国の濁酒マッコリ。日本の濁り酒に味が似ている。
今夜の宿は、丹陽郡の「大明コンドミニアム 」だ。
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ここはオンドル形式になっている。
この夜は、女房の鼾で目が覚めることは無かったが、オンドルが熱過ぎて目が覚めた。

本日の走行距離…約320km疲れた><
ボルダリングサークル関西・BCKのブログに3月2日(日曜日)、柏木・屏風グラエリア(通称:柏木の岩場)において発生した死亡事故の詳細が掲載されています。

詳しくは⇒ こちら
3月22日(土)、車を神戸空港海上アクセスターミナル専用駐車場に止め海路、関空を目指す。
14時過ぎ我々を乗せたアシアナ航空OZ143便は約1時間30分で韓国釜山金海国際空港に着いた。
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アシアナ航空OZ143便
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眼下に明石海峡大橋が見える。
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機内食、冷たかった。
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約1時間30分で韓国釜山に着いた。

バス2台に分乗して慶州市にある。
世界遺産「石窟庵」と「仏国寺」を見学した。
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見学後夕飯の豚カルビを食べ慶州市郊外にある「KOLON HOTEL」へ向かい初日の日程を終えた。
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中々上手かった。
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いままで食べた中で一番上手かったチヂミ
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花柄が可愛いかった。が夜中女房の鼾で目が覚めた。

この日の移動距離約148km
2008.03.29 こうもり谷
予定では30日の日曜日に行くのだったが天気が悪そうなので今日行って来た。
岩場は少し寒かったがコンディションは非常に良かった。
私を含め7名の気心の知れた方ばかりだったので一日中気持ち良く過せた。

こうもり谷へのアプローチの桜はやっと蕾が膨らんできた感じなので次の終末頃には見ごろかも…
「マーメイド」前のテラスにはタチツボスミレが満開だったし、対岸の岩場の緑は淡い新緑に彩られていた。
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今日のトピックスは、相棒のあらみちゃんが「ロンググリーン5.11c」を2便目に全く危なげ無くR.Pした。二週間前に初めてトライした時は下部の核心で一度、中間部の核心でも一度「あかん」と言って敗退したのが嘘のような今日の登りだった。年に数回今日のような素晴しい登りを見せる。
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「ロンググリーン」の中間部をいくあらみちゃん。所要日数2日計6便でのR.P。私は7便だったので負けた

私は2週間振りのクライミングだったので非常に身体が重く感じたがアップを入念にしたらそこそこ動くようになった。「旅路」に2便出し最高到達点を更新出来て満足したが核心部を目の前にして2便とも降りた。左腕を上に上げると痛いし左でホールドを保持していたら指が抜けてくるので無理をしないようにした。ん…?五十肩かな…?月曜日は鍼の施術日なので重点的に打ってもらお。

最後に物足りないので「復活」と「エネマ」を続けて登ったが左肩は何とも無かった。このグレードでは大丈夫なのかな…しかし最後に登った「エネマ」の終了点直下にある第一関節まで入るカチを左指3本で取ったが自分の意識を無視して力が抜けていくのには少々慌てた。やっぱり疲れていたのだろう。
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久し振りに「復活」を登ったが最後にテンションしてしまった。

次週も、こうもり谷へ行く。


それから昨日紹介した『「ホスピス」という選択』はお涙頂戴のルポではないことを付け加えておきます。私は国語力が全く無いので簡潔に要領良く纏めることが出来ない。何はともあれ読んでいただければと思う。ん…難しい
3月のいつ頃だったか、職場仲間の依頼で要らなくなった小冊子や本を縛っていて目に留まった本が2冊あったのでそのうち読もうと思い家に持ち帰った。
『医師の見た六甲全山縦走』と『「ホスピス」という選択』の2冊だ。
今日は『「ホスピス」という選択』を紹介したい。
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著者は野木裕子氏。
内容は、人生のターミナル(終末期)をテーマにホスピスへの著者の疑問をルポルタージュ形式でかかれている。
この中に登場する六甲病院は私が32歳まで過した神戸市灘区の高台にあり回りを閑静な住宅地が広がっている。夜になればいわゆる百万ドルの夜景が一望できる。

人は必ず死ぬ、自分がどんな死に方をするのかは大抵の人は知らないだろうと思う。
長患いの末に死ぬのか、クモ膜下出血でポックリ死ぬか、車にはねられて死ぬかも知れない。
最期を迎える場所も、病院なのか家のベッドの上か。もしかすると路上や救急車の中で息を引き取るかも知れない。
この本では主に末期ガンの患者の終末をホスピス医療の緩和ケア病棟でおくった実話が紹介されている。

一組の夫婦、夫43歳、妻37歳。
1994年秋が深まったころ、夫が胃の痛みを訴える。が翌年1995年の阪神淡路大震災で胃の不調は何処かへ吹き飛んでいた。2月に入ってから37度の微熱が続くようになり3月下旬に兵庫医科大学付属病院で大がかりな検査を2度受けた結果膵臓ガンの末期だと判明する。医師は「…もう手の施しようのない状態なのです」と妻に告げる。そして妻は医師の反対を押し切り夫に病状を告げる。
そして終末期を迎える一つの手段として緩和ケア病棟のある六甲病院を選ぶ。
そして7月15日意識レベルが下がり始めた夫はほとんど眠っている状態だったが、夫の視線を背に感じた妻が振り向くと、夫は目を覚まして、まじまじと妻の後ろ姿を見ていたのだ。
その視線を受け止め妻は思わず「私と結婚してよかった?」と聞いた。すると夫は顔をくしゃくしゃにして笑い、「すーごく、楽しかった」と言った。妻はその言葉が過去形だと気づいた瞬間、妻は空気が激しくねじれたような感覚を持った。そして(ほんとうにもう、お別れなんや)
そして夫は再び眠りに落ち二度と目を開かなった。1995年7月17日のことである。
葬儀後に友人や知人の「辛かっただろう」との問いかけに、「私の場合は、満腹感でお別れできたという感じ」と聞かれるたびに答えた。見栄でも強がりでもない。あの2ヶ月間は、千年もの時間が凝縮したような濃密な<とき>だった。

私はこの本に巡り合えた幸運を私に整理を依頼してくれた職場仲間に感謝したい。
そして出来れば多くの方に読んで欲しいと強く思う。
2008.03.27 太陽と緑の道
今日の夕方から「太陽と緑の道パトロール員」の説明会があった。
現在「太陽と緑の道」は29ルートある。
私が担当することになったのはNo,22で、北区の八幡神社~長坂山~藍那を繋ぐルートだ。
前任者の方との引継ぎで滅多にハイカーが通る事は無く、マウンテンバイクやオフロードバイクが休日に走っているとのことだった。
そういえば私も30代の頃よくオフロードバイクで走った。
当初個人の希望が通るのかと思っていたら当局で決められていた。ただルートは一年で変わるらしい。
このルートは「こうもり谷」の東約3kmのところにあり全長約5.3kmで北東から南西に伸びている。
始終点の片側「藍那」は源義経が鵯越の逆落としで絶対多数の平家勢を破ったときの進軍路だ。
我家からは神戸電鉄「木幡駅」から三つ目の駅が「藍那駅」になる。
任務は主にゴミ拾いと草刈、道標の設置と不法投棄の見張りなどで最低月1回巡回をして報告書を提出しなければならない。
今日来られていた方々はリタイヤされた方が多かったし私の苦手とするタイプの方が多いように感じた。
4月1日から3年間が任務になる、まあ~ボチボチ整備し過ぎ無いようにやろうと思う。

余談
私のパートナーのあらみちゃんが長年のフリーター人生に決別し正業に就くことになった。
これは私にとって由々しき問題である、今まで平日のクライマーの少ない日に岩場に行ってゆっくり静かにクライミングを楽しんでいたが出来なくなる。
何方か日月などの日程で行ける方がおられましたら連絡お待ちしています。
年齢性別問わず。出来れば車の運転が出来る方^^;あっ!初心者不可
22日から韓国の南の釜山から首都のソウルまでを5日間で回ってきた。5日間とは言っても出発日と帰国日は半日なので実質は4日間になる。
旅行中バスでの移動距離が923kmだったので正直疲れた。
日本の歴史を語る上で韓国抜きでは語れない、日本の文化は中国から韓国を通じて伝わってきた。
しかし1910年8月22日に日本が韓国を併合し1945年9月2日まで統治するという不幸な時代があった。
いつだったか日本の宗教家が韓国は歴史的に見て恩人である旨の事を言っていたが私もそう思う。

今回我女房が4日目の昼から食欲がガタっと落ちた、そして夕方から酷い下痢に襲われた。
女房以外にも数人の方がトイレに突進していた。
女房が下痢をするなんて一緒になってから記憶に無い。ただ帰国する頃には治っていたが…

下痢は私の専売特許なのだが、今回私は全く何とも無かった。行く前に食べ過ぎないようにしようと固く心に誓ったが初日の夕飯であっさり破ってしまった。
帰って体重を量ってみたら行く前から1kg程増えただけだったのでやれやれだ。
明日からトレーニングで鈍った身体を鍛えなおさな^^;

余談
帰りの車の中での会話。
女房「あんた、月曜日こっち(神戸)は雨やったんやろか…?セイジ(長男)は仕事行ったんやろうか?」
私『さぁ…?』
女房「今日は、こっち(神戸)雨降ったんやろ?」
私『あんな~!俺はオマエと一緒に旅行に行ってたんやで~なんで知ってる訳あんねん!』
女房「ふぅ~ん…」

女房に惚けが…そんなの許せん!絶対俺の方が早く惚けたると正直思った。

旅行の事は追々紹介していく予定です。
30歳でバスの運転手になった頃から下腹の出具合が気になっていたが未だええやろうと放っていたら益々出てくる気配に32歳からジョギングを始めた。
そのきっかけは営業所が変わったことによる。その営業所は須磨の山手にあって走る環境が整っていたのと先輩にジョガーが多く居たことによる。
最初は3km程走っただけで膝関節を痛め2週間ほど足を引きずって歩いていた。
それからは徐々に走る距離を伸ばして2年後にはフルマラソンを走れるようになった。

私のフルマラソンの記録は20?年前の笹山ABCマラソンでだした3時間25分が最高だ。一時サブスリーを目指し月間400kmちかく走ったこともあったが翌月には疲労が溜まって全く走れない状態になることを繰り返した結果俺にサブスリーは無理と判断し諦めた。その後トライアスロンに熱中したがやはり常に疲労との戦いだった。←ちょっと大袈裟^^;

その疲労の度合いはと言うと、フルマラソンが近づけば休みの時や仕事の始る前や後、そして合間に走る、休養日無しで毎日走る、最低でも10km、時には30km程走ることもある。そんな日が続くと飯も食えなくなったり朝起きてしばらく間ベッドに腰をかけてボーっとした状態でいる。
女房から「あんた!なにしとん?ボーっとして」とよく言われた。
これがオーバートレーニング症候群だ。が分かっていてもついつい不安になり身体を動かしてしまう。
そして女房に「なんでそんなにまでして走るん?アホちゃう!?」とよく言われた。ほんまアホである。

そんな時にクライミングに出会い虜になった。そしてオーバートレーニング症候群までは行かないまでも腕や肩、背中をしょっちゅう痛めている。しかしちょっとでも登っていないと難しいところを登れなくなるのではないかと不安になり騙し騙しトレーニングをしてしまう。昨年から今年の初めにかけて不安に襲われ疲れているにも関らずトレーニングをしていたが結果が付いて来ないので少々ジレンマに陥っている。
休養が大事だと思いここ10日ほど1日登っただけでトレーニングはしていない。そして明日から26日水曜日まで又又旅行で家を空ける。
で今日堪らず昼トレをした。久し振りだったので気持ち良かった。
旅行中もスクワットと腹筋、背筋、腕立て伏せ、懸垂を欠かさずやろうと考えている。
まぁ~私の身体を常に動かせていないと不安になるのは死ぬまで治らんと思う。

と言うことでブログはしばらくお休みします。
次回は木曜日かな…
2008.03.20 定年退職
昨夜「退職される方々を送る会」があった。
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私の所属する部から10名?の方が退職される。
こういう場は苦手で出来れば出たくないのだが隣に座っている勤続41年のMさんが退職されるので出席した。
おまけに幹事役が回ってきた。喋るのは絶対嫌!と言ったら写真撮影を命じられた。
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写真を撮りながら会場内をうろうろしていたらアッチコッチで「写したろ」といって私を撮ってくれた。
家で見たら私の写真が一番多かった。このままだと大ブーイングが起こると思われるので私の写真を適当に抜こうと思う。

二次会でMさんの行きつけのスナックに行きカラオケで歌ってしまった。それも結構しつこく^^;
スナック行くのは何年振りなのかなぁ…カラオケは昨年?の夏にGさん,G君、A夫婦,で行った以来だ。久し振りに気持ち良く酔った。帰りの車内で隣のおっちゃんにもたれかかって眠っていた。隣がおっちゃんで良かった、若い女性だと痴漢にされかねない。一つ手前の駅で目が覚めたので寝過ごさないように席を立った。
家に帰ったら0時半だった。午前様はいつ以来か記憶に無い。
アル・ゴア氏著作の『不都合な真実』から、を読んだ。
futugouna[1]

内容は地球温暖化に付いて写真やグラフを多く使い過去からの経緯と現在の現状、そして未来の地球を予見し、ではどうすれば良いのかと言うことが書かれている。
18世紀から19世紀にかけてイギリスで起こった産業革命以来人類は自然を文明という名の下に破壊し続けてきた。そしてこのままの状態が続けば人類の存亡に関ると警告している。

アル・ゴア氏は昨年ノーベル平和賞を受賞した、アメリカ合衆国45代副大統領だった人だ。
本の最後の方に「気候の危機の解決に手を貸すためにできること」が書かれている。
その一つに「自宅の省エネを進めよう」と書いているが、ノーベル平和賞を受賞した直後に自宅を省エネ住宅に大改造したと朝のテレビで言っていた。←本当ならノーベル賞の権威が下がるなぁ…

少し横道に逸れるが
文中でマーク・トウェインの警告『災いを引き起こすのは“知らないこと”ではない。“知らないのに知っていると思い込んでいること”である』との言葉はあらゆる面において言えることではないのかと思う。
クライミングにおいても、このことで災いは確かに起こっている。
特にあなた!後を振り向いているあなたですよ、お気を付け下さい^^
今日の午後から仕事で会社から車で5分程のところにあるHAT神戸に行って来た。
ここは元、川崎製鉄や神戸製鋼所があったところで両工場が阪神淡路大震災で大きな被害を受け移転した後に神戸市の東部新都心として開発された。綺麗に整備されてはいるが、私は人間味を余り感じられないので住みたいとは思わない。
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運河の片側にハーバーウォークが設けられ市民に開放されている。
中央のビル群は三宮だ。


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兵庫県立美術館で、今は「ムンク展」が行なわれている。

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左のビルはWHO神戸センターで右はマンション、間に見える山は六甲山で、この写真では見難いが『堡塁岩』が見える。

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HAT神戸は中央区と灘区に跨っている。写真は灘区側で奥に神戸製鋼所の高炉がある。灘区は私が1才過ぎから30才まで過したところで山海に近く交通の便も良く商業施設や文教施設も整っていて暮らすのには非常に良い所だ。出来れば人生の最後を灘区で送りたいと本気で考えている。


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運河の南にはポートアイランドと摩耶埠頭、六甲アイランドを結ぶハーバーハイウェイが通っている、いずれ湾岸線の一部になる計画がある。

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ハーバーウォークの緑地にムクドリセグロセキレイがいた。
2008.03.16 こうもり谷
2ヶ月振りにこうもり谷へ行ってきた。
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不動岩や烏帽子岩はもう暑いが、こうもり谷はこれからが良い季節になる。

仲間より一時間ほど早く岩場に行った。週一回のクライミング日を有意義に過したいから、あらみちゃんに無理を言って付き合ってもらった。当然一番乗りだった。

大好きな「マーメイド」でアップし昨年からの宿題「トカゲの尻尾」を腕が疲れる前に片付けようと取り付き1便目にR.Pすることが出来た。計3日3便目でのR.Pだ。
そのころから顔見知りや仲間達がきだした。

続いて「旅路」に取り付いた。4ピン目のツーフィンガーポケットを取ったところで筋が張って激痛がしたので降りる。原因は足の置き場に迷った為歪なポケットに突っ込んだ指に変な方向に力がかかったためで2便目に足をしっかり置けば痛くならなかった。
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「旅路」をリードするK井君。核心の3手だけなのだが…

後、あらみちゃんが「活断層」をほったらかして次の課題に選んだ「ロンググリーン」の中間部から先のヌンチャクを掛けに登った。
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核心の左へトラバースする、あらみちゃん。ここはランナウトしてバランシーなため非常に恐いところだ。

最後に「カンテ」を登った。5回程テンションしたが終了点まで行けたのでまぁ~ええか。
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午後から参戦した初Nさん。昨日は不動岩で「タイコ」をR.Pされたので上機嫌だった。

今日は5ルート半登ったが先週の帝釈第一道場の時と比べたら筋肉痛や疲れは然程では無い。やはりR.Pが懸かっていない分だけ気軽に登れたからか…「トカゲの尻尾」はR.Pが懸かっていたがグレイドが1違うので比べられん。
次は20日春分の日にこうもり谷へ行く。「旅路」に打ち込もうかな…
朝7時頃に孫娘の華に「じぃちゃん、歯抜いて」と言って起こされた。見たら前歯の横の歯がグラグラしていたが「痛い!」と泣かれたら困るので「もうちょっとほっとき」と言って逃げた。
しかししつこく抜いて抜いてと言うので泣くなよと念押しをして引っ張ったら簡単に抜けた。
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華は4月から一年生になる。


9時半頃から孫の華、世那を連れて買い物ツアーに、帰りにお彼岸も近いのでお墓の掃除に行く。
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家に帰って昼ご飯を食べ、こうもり谷のある衝原湖にサイクリング行く。
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クライマーの車と思われるのが2台止まっていたが今日は風が少し冷たかったので日の当たらないこうもり谷は寒かったかも…
しかしこうもり谷はすっかり春の装いだった。
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テニスコート横に土筆が顔を出していた。
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お寺の梅は満開近しだった。
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車止め横の原っぱには「ホトケノザ」「オオイヌノフグリ」「ヒメオドリコソウ」などの春の花が咲いていた。
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ヨツボシテントウがいた。

家に帰り車のタイヤをスタッドレスからラジアルタイヤに付け替えた。P1030152m.jpg
今シーズンは大活躍だった。

その後庭の手入れをした。
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名前は知らないが毎年可憐な花を咲かせてくれる。
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紫陽花も新芽が出てきた。

今日はレストの予定だったが可也疲れた。タイヤの入れ替えと庭の手入れで腰が痛くなった。
明日はこうもり谷へ行く。2ヶ月振りなので楽しみだ。
登攀工作員さんの登攀工作員日記の2月27日の記事「It's Not About The Bike」を読んで私も読みたいと思っていたが当時多くの本を借りていたので中々読む機会が無かった。
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先日相棒のあらみちゃんが読む?と言って貸してくれた。

私も30代の頃トライアスロンに熱中していた事があり転倒や落車は数え切れないくらい経験したし2tダンプとの正面衝突も経験したので引き込まれて読んだ。

ツール・ド・フランスジロ・ディ・イタリアブエルタ・ア・エスパーニャの三大ロードレースの最高峰に位置する。毎年7月に3週間以上かけて行われるステージレースで、距離にして3500km前後、高低差2000m以上という起伏に富んだコースを走りぬく。平均時速40~60kmで走り、山岳ステージでの下りでは時速110kmのスピードを出す、一つ間違えば死ぬ。
私も山の下りで時速70kmを出したことがあるがこけたら死ぬなぁ~と思った。
本の内容は登攀工作員日記を読んでください。

今もロードレーサーとマウテンバイクを持っている。
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フレームはクロモリ。メインコンポはシマノXTR
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フレームはアルミ合金、Fフォークはカーボン。メインコンポはシマノDURA-ACE 。
しかし車庫に眠っているので今年はトレーニングを兼ねて少し乗ってみようかなぁ~と考えている。
2008.03.13 ヘルペス
昨夜風呂場の鏡を見たら上唇の左端にプクっと吹出物のような物があった。
今朝鏡を見たら大きくなっていた。ヘルペスだ。俗に言う「熱のはな」のことだ。これが出るときは疲れているときに出る。やはり疲れているようだが小さいので然程では無さそう。しかし身体を休める事もこの歳になれば大事なので今週は昼トレ我慢し帰りも一つ手前の駅で降りないようにした。

私が初めてヘルペスの症状が出たのは中学生の時だった。何年生だったのか季節はいつ頃だったのかは忘れたが、背中にヒリヒリと凄い痛みがするので母と神戸逓信病院に行き物凄い痛い注射をされたのを今もハッキリ覚えている。
医師が『この前小学生に同じ注射をしたが泣かなかった。君は中学生やから我慢できるわなぁ~泣いたら小学生に笑われるで』と言うなり側にいた看護婦(当時はこう呼んでいた)さんに押さえてと指示した。全身裸になりうつ伏せになった私の肩に二人、腰に一人、両足に一人ずつ計5人の看護婦さんが押さえ付けた状態でぶっとい注射をお尻に打たれた。あまりの痛さに呻き声を上げ泣きそうになったが我慢した。注射が済んで医師から『よー頑張ったなぁ~』と言われたのを意識が朦朧となりふらふらの状態だったがハッキリお覚えている。
あれから四十年以上経つ。その間自転車事故で四ヶ月程入院したがあれ程の痛みは無かった。
何時頃なのか分からなかったが雷の音で目が覚めた。外はかなりの雨が降っている。
この雨では登るエリアは無いのかも…と夢うつつに考えてたらいつの間にか再び眠りに落ちていたが浅い眠りだったのか雨音が耳から離れなかった。M子さんとあらみちゃんが作る朝飯の音で目を覚ましたが異様に身体がだるい。食後の後片付けを二人に任せ2ルンゼとじゃろう岩の偵察に行った。
両岩場共にベタベタに濡れていて駄目だった。
山に掛かったガスが晴れてニューエリアを見たら濡れていないよう…
M子さんとあらみちゃんは足取りも軽く岩場へと向かう。私は鉛のように重たく感じる身体を足さえ上げていけばそのうち岩場に着くやろうと雨で濡れ滑りやすくなったアプローチをヨロヨロしながら這い登った。岩場に着いて見ると左のフェースが2ルート濡れているだけで後は全く染み出しも垂れも無い。
昨日の夕方から今朝まで相当量の雨が降ったのにと驚いた。ニューエリアは雨に強い!を再認識した。
M子さんとあらみちゃんはアップを「ただのアプローチ」でする。
私はエアーマットを膨らませ身体を休めた。
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M子さんがマメオさんも登ります?と聞かれたのでエアーマットで寝ていても仕方ないので登る事にした。
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そう言えば過去に2度取り付いたがR.Pしていなかっので少し気合を入れて登りR.Pすることが出来た。
その後再びエアーマットに寝転がり身体を休めていたが、二人が「水の泡」を登ると言うので様子を見に行くことにした。
M子さんがマスターで6ピン目まで登ったところで下りてきて、あらみちゃんと交代した。
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あらみちゃんも6ピン目から先に進めず敗退。変わって私が登るが身体が全く機能せず8ピン目を掛けた所で敗退。
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その後又又エアーマットに横たわり身体を休めた。太陽が暖かくいつの間にか眠り込んでいた。

M子さん、あらみちゃんがもう1便づつ出すが6ピン目から先へ進めない。M子さんがヌンチャクを回収に登られるのを寝転がって見ていた。私は思うように登れないのと疲れから一人機嫌を悪くして寝転がっていたがこれではアカンと思い直し登る事にした。少し眠ったのが良かったのかチョンボ棒の助けを借りる事無く6ピン目から先のムーブをテンションしながらも繋げ終了点まで行けた。
「水の泡」は「時間よ止まれ」に比べれば私には登り易いと感じた。次回は体調の良いときにじっくり取り付いてみたいと思う。
17時ごろ用瀬小屋に戻るとN君と弟子の車が止まっていた。2ルンゼに行っているのだろう。
弟子さんは「寺島ルート」を落せたのかなぁ…私も早く片付けたいと思うが…しかし宿題が溜まるばかりや身体が重いのはその性か…
しかし今回のツアーでは自分の不甲斐無さを棚に上げ機嫌を悪くしM子さん、あらみちゃんに嫌な思いをさせ本当に申し訳なかったと深く反省しています。


お知らせ
ながの村(下帝釈峡)清掃活動が4月20日に行なわれます。
詳しくはTC-Netのホームページで⇒こちら

余談
昨日今年初めて車の冷房を入れて走った。それと仕事で行った三田の雑木林で鶯の鳴声をこれまた今年初めて聞いた。もう春です。
9日(日)の朝6時にJR三ノ宮駅前をM子さん、あらみちゃんの三人で出発。
新神戸トンネルから阪高北神戸線に入り神戸三田ICから中国道に入り「ながの村」を目指す。
途中通勤割引を活用する為作東ICで降りETCカードを入れ替えて再び中国道に入り新見ICで降りた。
ながの村には9時頃着いたら見覚えのある広島ナンバーの車が止まっていた、いつも早いなぁ~と改めて感心した。霧降山荘横で準備をしていたら村長さんが来られ、4月20日(日)に清掃活動をする事に決まりましたので宜しくお願いしますと言われた。元々参加するつもりなので必ず参加しますと返事をした。
来る途中の東城町の温度計が1℃だったが寒さはあまり感じなかった。
念の為カッパの下だけ履いて奈落の底へ下って行く。
何時もの事だが下りながら帰りの事を考えると気が重くなる…
果たして今日は気持ち良く奈落の底から這い上がれるのか…
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二番目に下りてくる、あらみちゃん。
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岩場に着いたら既にUさんとメグさんが登ろうとしていた。
結局第一道場は5人だけだった。
第一道場が初めてのM子さんはO.Sとアップを兼ね「白帯」をあらみちゃんと登りに行く。
私はメグさんの「レッツGO!三匹」のトライを見ながら適当にストレッチをした。
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メグさんの巧さと強さには何時も何時も感心させられる。


二人が戻って来たので早速「いただきます」をアップと宿題の「アナコンダ」へのヌンチャク掛を兼ねて登る。登り出して何か身体が変な感じだ。異常に腰が重たく感じ2ピンを取った所でテンションした。ここでテンションしたのは初めてだ。最終ピンを取った所でもテンションした。ん…?何か変…?最終ピンから左へトラバースして「アナコンダ」の終了点にロープを掛けロワーダウンしながらホールドの掃除とヌンチャクを掛けた。

M子さんがO.Sを懸けて「いただきます」にトライ。2ピン目の左から3ピン目を目指すラインをとる。
Uさんと初めて見るラインだと感心する。
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2ピン目で少し迷っただけで危なげ無く見事O.S

続いて、あらみちゃんが「バイアグラ」の初トライをしにM子さんと左の壁に行く。
その間休憩しながらUさんの「MonAmi」の登りを見る。
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背が高いので登りがダイナミックだ。何時の日か私も登れればなぁ~と見とれる。

あらみちゃんの登りを見に左の壁に行く。
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「バイアグラ」の出だしを越えてシェイクするあらみちゃん。
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3便目にR.Pするかと思いきや核心でテンションしてしまう。
下部でもう少しレストしていれば行けたのでは思う。しかし今回は珍しく初めてのルートをマスターで取り付きムーブも一人で解決した。これからもこの調子で行ってくれ!

私は充分に時間を取って休憩し「アナコンダ」に1便目を出す。
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しかし約三ヶ月振りに取り付いたので手順を間違えテンション。おまけに腰が異常に重く感じ思うようにムーブが出来ない。結局4便出したが3便目に核心の右手を取ったが保持出来ずフォールした。
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昨年初めて取り付きR.Pし損なったのは私の思い違いだったのか…もうこのルートは登れないのではないかと弱気なる。
あらみちゃんに昨年に比べ今年は行き詰ったままで進展が見られないと言われた。それは自分でも感じていた。ひょっとしてもう限界なのではと思うが、何時も何時も登れる時ばかりでは無いと自分に言い聞かせるようにするが…情けない…

M子さんが「ケロケロ」のO.Sトライをする。
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ひょっとして今日3本目のO.Sか!と思いきや核心部でテンションが入った。内心やれやれと思う^^;
しかし2便目に見事R.Pした。


16時過ぎから雨が降り出した。明日は何処のエリアにしようかと迷ったが「バイアグラ」は雨が降れば登れないしM子さんは第一道場を堪能しただろうし、私は「アナコンダ」を明日も登れるとは思えないし、雨でズルズルのアプローチを下り上りするのは嫌なので備中に行く事にした。
奈落の底からの上り返しは今までで一番しんどく長く感じた。
中村商店でビールを買い用瀬小屋に向かった。雨は本格的に降り止む気配も無く明日は大丈夫かなぁ…思いながら雨音を子守唄に早々に爆睡した。
2008.03.08 いろいろ
我家の庭にも春の訪れが来た。
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我家のシンボルツリー『アカメソロ』に若葉の気配が出てきた。
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我家の庭で一番早く白くて小さな花を咲かせる多年草だ。名前は忘れた。昨年この箇所を間違って穿り返した、中から小さな球根が出てきた。シマッタ!と思いつつ埋め戻したが春に芽が出るか心配だったが…小さいながら生命の力強さを垣間見た。

今日お雛様を片付けた。お雛様を日が過ぎても飾っているとお嫁に行くのが遅れると言われているが…
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しかし仕舞うのには苦労した。

今夜我会『須磨勤労者山岳会』の集会があった。今日は参加者が少なかった。
GWでの取り組みに付いてが主な内容だった。
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明日の早朝から月曜日まで帝釈第一道場と備中に行く。場合により二日とも帝釈第一道場になるかも…それは私の出来次第
昨年12月9日以来の帝釈第一道場だ。狙いは『アナコンダ』果たして結果は…まぁ~気負い過ぎないように気楽に取り付ければと思う。しかし気楽に取り付いても登れるとは思えんけど
ほな結果は次回更新をお楽しみに
ボルダリングサークル関西・BCKから下記のコメントが発表されました。
  
非常に残念なお知らせです。
3月2日(日曜日)、柏木・屏風グラエリアにおいて死亡事故が発生しました。
事故の詳細につきましては現在のところまだ不明な部分があること、
そして亡くなられた方のプライバシー等を考え、不明確な内容での報告は
控えさせていただきたいと思います。
しかし、クライミングにおける事故の報告は、クライマーに注意を促す意味からも
必要不可欠であり、今後の課題と考えております。

柏木の各エリアにつきましては死亡事故という重大さと、地元やご遺族の方々の
お気持ちを考え、自粛とさせていただきたいと思います。
クライマーの方々におきましては、ご協力をお願いいたします。

また岩場の地権者をはじめとする地元の方々への御挨拶、
報告などに関しましては時期をみて順次取り組んでゆくつもりですが、
現在は白紙の状態です。

最後になりましたが、故人のご冥福をお祈りし、
ご遺族の方々にはこころよりお悔やみ申し上げます。
                      コペンハーゲンのバス

コペンハーゲンのバスに乗っていた時のこと、ある停留所でバスが止まり、目の不自由な方と、青年が降りて行った。
2人が降りても、バスはドアを開けたまま動こうとしない。私は不思議に思い、しばらく待っていた。
すると、さっきの青年が戻ってきて、元の席に座った。運転手さんはゆっくりとドアを閉め、バスは再び動き出した。
私はこのあざやかな無言のうちになされた光景に衝撃をうけた。
そう、この国(デンマーク)ではかならず、体の不自由な人が降りる時は、身近にいる一番若い客が付き添って安全に降ろす。何のためらいもなく席を立ち、当り前のように、バスは青年を待つ。
すばらしい国だと思った。


これは社団法人「小さな親切」運動本部編より、佐伯公子さんの体験談を引用しました。
果たして今の日本でこのようなことが当たり前に行なわれているでしょうか…
先ず持って無い!と断言してもいいと思います。
何を隠そうって別に隠す事ではないのですが、私は30歳から54歳まで、とあるバス会社で路線バス
の運転手をしていました。24年間バスの運転をしていて上記のようなことに巡り合ったことは二三度しかありません。何時頃から日本人は相手を思い遣る心を失ったのでしょうか…それとも元々持ち合わせてはいなかったのでしょうか…
コペンハーゲンはデンマークの首都です。
大きさは九州とほぼ同じで人口は約543万人(2007年デンマーク統計年鑑)です。
九州の人口は1323万1995人(2006年)ですからデンマークの人口密度はかなりゆったりとしています。
ではデンマークの家計事情はというと…今回発表された国際競争力ランキングで第3位だった。アメリカ、スイスに次いでいる。このところ、ずっとこの位置をキープしている。経済は好況を維持している。失業率は3.1%。国民一人あたりの所得は、アメリカと同程度だ。それも格差が非常に少ないので、だれもが豊かさを享受している。手厚い社会福祉のおかげで、生涯にわたり生活の不安はない。しかし国民負担率は先進国中スエーデンに次いで高い。所得の約70%は税金と社会保険で持って行かれる。それに消費税は25%で世界一高い。それでいて国民に不満はない。手厚い社会福祉のおかげで、家計収入が生涯にわたり保障されているからだ。

まぁ~こういう事情から国民の誰もがゆったりと暮らして行けるのであくせくする必要がない。
我日本から見れば羨ましい限りだ。昔日本は経済は一流、政治は三流(二流かな?)と言われていたが今は経済政治共に三流になってしまった。そんな国の国民にゆったりした気持ちを期待するのは無理な事だと思う。
しかし13年前に起こった『阪神淡路大震災』以降神戸の車や自転車、人のマナーは悪くなった。
2008.03.05 焼酎
今日早速買って飲んだ。
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税込み898円なり。あっさりし過ぎて物足りない感じがした。
価格からすればコストパホーマンスは非常に高い!飲み過ぎそう…

3月2日(日)に柏木の岩場で転落による死亡事故があった。
私は翌日の神戸新聞で知った。
詳細が分からないので静観していたがあっちこっちのブログに載る様になったので少し書かせてもらう。
分かりきっているがクライミングは一つ間違えば死に繋がる。
いくら気を付けていても事故は起こると『生と死の分岐点』に書かれている。
30550838[1]
私もその通りだと思う。
柏木の事故の詳細に付いてはいずれBCKから発表されると思う。
謹んで亡くなられた方のご冥福を心よりお祈りいたします。

2008.03.04 焼酎
私は大概毎晩お酒を少し飲む。
夏はビール、冬は日本酒の熱燗か焼酎のお湯割り。
昨日息子が見慣れない焼酎を買ってきた960円だったそうだ。安!
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今日飲んだが不味かった。値段が値段なので贅沢は言えない。
今日会社の近くのスーパーで898円の焼酎が特売されていた。これも見たことが無い焼酎だった。
明日買ってみようかと思っている。

ところで昨日会社のおねぇちゃんがジンジャーココア飲む?と聞かれたのでナンジャーそれと思い飲んだら生姜の味がした。生姜が入っとうやんと言ったら、当たり前やんジンジャーって生姜のことやんと言われた。
恥かきついでに知らなかったと言えば『加齢臭』を『カレー臭』とつい最近まで思っていた。
何事も知ったかぶりは良くないですな~『聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥』と言う諺があります。
今後注意しよ!もう遅いか…
2008.03.03 太陽と緑の道
2月初めに職場の先輩からマメオさんこんなんどう…と差し出されたパンフに「太陽と緑の道」パトロール員募集と書かれていた。
前々から興味があったので駄目元で応募したら先日なんと採用決定通知が届いた。
任期は今年の4月から3年間である。
私の住む近くの山に幾つかの「太陽と緑の道」コースがある。こうもり谷の近くにもあるのでこうもり谷近くを担当できれば女房に大手を振ってこうもり谷に通える。
今日は北山公園清掃登攀に参加してきた。
今年は70人近くの参加者があった。遠く徳島や倉敷、和歌山からの参加もあった。
これはきたやまにあさんを初めとする北山ボルダラーの岩場を守る取り組みに共感してのことだと思う。又今年で7回目だそうだが毎年天気が良いとの事、これは天からのご褒美だと思います。

今日は車で行ったが混む2国を避けて裏六甲から東六甲を経由して行った。
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何と裏六甲ドライブウェイは雪が残っていた。

10時過ぎに主催者のきたやまにあさんから挨拶があり各自好きなエリアに分かれて清掃を1時間ほどした。
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集まったゴミを分別する参加者。私は昨年清掃後に見つけたゴミを今年拾った。ゴミ袋に半分ほどあった。
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集めたゴミを前に記念撮影。年々ゴミが減っている。清掃活動の取り組みの成果だと思う。
最後にきたやまにあさんから各地でアクセス問題が起こっているが何故起こるのかを考えて欲しい。又若い新しいボルダラーが増えているのでそういう方達に岩場でのマナーを教えて欲しいとの話があった。(←若干違うかも…)
確かに今日集まったメンバーを見て男女共に若い人が多いなぁ~と思った。
当然私は最年長だった。
そして驚いた事に倉敷から電車でS谷さんが来られていた。「サーティ 1級」を登られ「将棋ノーマル 1級」を登られたそうだ。ロープでは同じ様なレベルなのに…負けた

清掃後に私と満太郎さん、あらみちゃんでコックロックエリアに行ったが人気エリアだけに大盛況だった。私は北山公園清掃登攀の時に年一回ボルダーをする、そしてエレファントノーズ3級を登って調子を見る。過去2回共に一撃してきたが今日は2回目に登れた。まあまあか…

木下フェースに場所を移し居合わせた方達とセッションをする。
ここには4級2課題と3級1課題がある。何とか3課題登る事が出来たが昨年はもっと少ない便数だったと思う。
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3級の真ん中の課題。我々が登れずにあれやこれやとやっているところに長老さんが来られひょいっと簡単に登られてた。(一同唖然…)

あらみちゃんが今日は何故かやる気を出し果敢にトライ。
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真剣な顔
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このカチ持ち私には出来ませ~ん。
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見事登れて大喜び
満太郎さん、私は3課題クリア。昨年1課題もクリア出来なかったあらみちゃんは2課題クリア。
年一回のボルダーだったが多くのボルダラーと知り合うことが出来非常に有意義で楽しい1日だった。来年は何としても2級をそして1級の将棋ノーマルを登りたい。
参加された皆様今日はお疲れ様でした。

北山公園の事はこちら⇒Fragments
2008.03.01 備中日帰り
早朝6時過ぎにリード君、あらみちゃんの三人で神戸を経ち用瀬小屋に9時前に着いた。
小屋は空、駐車場に一台車が止まっていたのみだった。
路面が濡れていたので朝まで雨が降っていたようでだ。
奥の院で宿題の「ポッキー」を片付けに行くが体が全く動かず見事返り討ちに遭い早々に引き上げ
アルツさん、K井さん、そしてyukio君とひがぴょんさんがいる長屋坂に昼過ぎに行った。
行って驚いた。なんと全員関西勢だった。
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「フリッカー」「吹き矢の娘」「カウントダウン」宿題やら目指すルートに全てヌンチャクが掛かっていた。
あちこちから登りますか?と声を掛けていただくが、今日は体の動きが悪いのでともう少し後でと断る。
「吹き矢の娘」を登っていたNさんが何方か登りますか?と声がかかったので登りますと答えたものの結局登らなかった。
何を登ろうかなぁ~と考え「猫だまし」を登る事にした。4年前に初めて登った時に最後のボルトで敗退したが今日は粘れてR.P出来た。4年越し2便でのR.Pだった、ちょっとは強くなったのかなと一人ほくそ笑んだ。
これで長屋のイレブンは「フリッカー」を残すのみとなった。(今日yukio君がR.Pされました。)
これで気を良くしてHさんご夫婦が「カウントダウン」をやられていたので登らせてもらうが核心部が全く出来ず敗退する。最初に触ってから2年経つが全く進歩していない。もう封印すると言ったら、あらみちゃんが毎回言ってるでと冷かすので、今回はホンマやと言い返す。
Hさんご夫婦も封印すると仰った。
しかしどないしたらええんやろうなぁ…(←諦めが悪い!)