昨日の答えです。


にのまえ」と読みます。一は二の前にあるからだそうです。

小鳥遊
たかなし」と読みます。鷹(たか)がいないので小鳥が遊べるということだそうです。

これは非常に頭の良い人が洒落で作ったように私は思います。


それからウミネエさんから島根県にも読めない地名があると教えていただきました。
十六島  さてなんて読むと思いますか?
一と小鳥遊は説明でなるほどと思えるのですが十六島はどういう根拠でそう読むのか全く想像がつきません。
答えは明日!
2010.07.29 よみかた
今日仕事で東大阪の生駒山の麓の上六万寺町に行った。
今の仕事に代わって初めて大阪市内を走った。
出来れば大阪市内は走りたくないのだが仕事なので仕方なく走った。
往復とも大した渋滞に巻き込まれなかったのは非常な幸いだと思う。

ところで初めて行く場所なのでMapionで調べた。
阪神高速神戸線生田川から乗って東大阪線水走で下りて外環状を南下して下六万寺を左折するというコースだった。一度も迷うことなくⅠ時間30分程で着いた。

さて私は地図に出ている地名の水走を『みはしり』か『みずはしり』だろうと思っていたが、現地の案内標識のローマ字で『みずはい』と読むのだと知った。
ほんと日本人として生まれて60年近くなるが未だに地名が正確に読めない。

特に大阪府にはけったいな読み方をする地名が多いように思う。
毛人谷(えびたに)、放出(はなてん)、深日(ふけ)、住道矢田(すんじやた)などなど
私流に読めば、けにんだに、ほうしゅつ、ふかび、すみのどうやた、と読む。

私が住む神戸にもその土地に住むものでしか読めないような地名がある。
板宿(いたやど)、名谷(みょうだに)、処女塚(おとめづか)などなど

以前バスの運転手をしている時、若い女性から『なたにへは行きますか?』と聞かれ「えっ!?なたに?」と頭を傾げていたら、お客さんのおばちゃんが『あっ!みょうだにのことやね。行くよ。普通ならみょうだに(名谷)とは読めないわね』とフォローしてくれた。

ほんと日本語は難しい。

ところで地名だけでなく苗字にも読めないと言うかなんでそう読むの?と言いたくなる苗字がある。


小鳥遊

上の二つはれっきとした苗字ですがどう読むか分かります?
変わった読み方の代表なのでご存知かもですが
250px-Bach[1]
ヨハン・セバスチャン・バッハ
頭 大きい  体格 頑丈そう  身長 170cmぐらい  鼻 とっても大きい  
顔 強そうで、男らしい顔立ち  唇 厳しく引き締まっている  頬 肉付きよがよく厚ぼったい
顎 突き出ている  髪 写真の髪型はカツラ、禿頭をカツラで隠していたという説も

なぜバッハかというと今から260年前の今日65歳でこの世を去ったからだ。

どこから入手したか全く記憶に無いのだがA4の藁半紙(今はこう言わないかも)にバッハのことを詳細に書かれたものがあり、たまたま今日が命日だったので取り上げた。

“音楽の父”と言われたヨハン・ゼバスチャン・バッハは実は“20人の子供の父”だった。

生まれた日…1685年3月21日

生まれたところ…アイゼナッハ(旧東ドイツ南西部)

性格…頑固、怒りっぽい、付き合い難い人物だった。

特技…歩くこと(有名なオルガニストの演奏を聴くために400kmも歩いたことが

心残り…有名だったヘンデルの演奏を聴けなかったこと。一生悔んでいた。

カエルの子はカエル?…バッハの家族は、とっても音楽家が多い。なんと200年で50人以上も音楽家がうまれているだ。バッハという名前を「音楽家」という意味で使う地方もあったほど。
ただし、20世紀のバッハ家には音楽家は一人もいないというオハナシ。

大家族です…8人兄弟の末っ子だったバッハ。そのバッハにはナント、20人もの子どもがいたのだ。
無事大きくなったのはそのうち9人。

意外な事実…コワイおじさん顔の肖像画しか残ってないけど、実は子どものころはボーイソプラノだった。
教会で歌って、お金を貰えるくらいだったそうだ。

よく叱られました…「変なハーモニーを入れた」「演奏が長すぎた」「演奏が短すぎた」などなど、あのバッハでもよく怒られた。時には「仕事をさぼって、音楽を聴きにいった」なんて、とんでもない理由で怒られたこともある。

大食い…30歳の時、ある教会に招かれたバッハ。その夜に食べたメニューは
牛肉の煮込み、鱒のアンチョビバターソース添え、スモークハム、ソーセージとほうれんそう、羊のロースト、子牛のロースト、ゆでかぼちゃ、などなど。食卓いっぱいのご馳走を一人で全部食べてしまったんだって。

しんだ日…1750年7月28日

しんだところ…ライプチッヒ(旧東ドイツ)

バッハは幅広いジャンルにわたって作曲を行い、オペラ以外のあらゆる曲種を手がけた。その数は膨大過ぎて紹介しきれない。

今年もこうもり谷を擁する衝原村の神社の草取りが8月の第一日曜日である1日に行われます。
朝8時草取り開始です。
駐車場所は例年の広場です。
006.jpg
箕谷、坂本方面から来られたら小さな橋を渡って直の右手にあるフェンスに囲まれた空き地です。
多分『こうもり谷を愛する会』の方が入り口に立って案内されていると思います。

空き地に入るには右折するのですが前方が左カーブになって見通しが悪いので対向車には充分注意してください。

それから今年は非常な猛暑ですので日除け対策と充分な水分をご用意下さい。
IMG.jpg
この冊子は国土交通省が監修し独立行政法人自動車事故対策機構が発行している。

Ⅰ衝突安全性能試験 
Ⅱ歩行者頭部保護性能試験 
Ⅲブレーキ性能試験
Ⅳ後部シートベルト使用性評価試験 
Ⅴ座席ベルトの非着用時警報装置評価試験

以上の安全性能評価試験の総合評価結果が車種毎に分かる。

この冊子に載っている車は直近1年間の販売実績が上位の車種で仕様については、選定された車種の中で、もっとも多く販売された106車種が載っている。

そして自動車アセスメントグランプリ'09/'10の受賞は「スバルレガシィ」だった。
衝突安全性能総合評価
運転席6点満点中6点
助手席6点満点中6点

歩行者頭部保護性能試験評価
最高レベルの5

ちなみに私が乗っているスズキワゴンRは
衝突安全性能総合評価
運転席6点満点中5点
助手席6点満点中6点

歩行者頭部保護性能試験評価
はレベル3

ただしこの評価に使用された車は2008年9月以降に販売された車で私の車は購入してから11年経っているので参考にならない。

ご自分の車の評価を知りたい方は
国土交通省

NASVA
でご覧になれます。
今日5月6日以来の蝙蝠谷で登って来た。
ちょっと雑用があったので8時前に岩場に行ったが壁に取り付けてある温度計は24℃
あたりを指していた。
蝙蝠谷 017
まだ日が当ってなかったのでこの温度だ。

今日は我会のリード君と京都の常連さん2人の4人だけだった。
蝙蝠谷 036
岩小舎の「右カンテ 5.11c」にO.Sトライしようとするリード君
今日の暑さでこの傾斜はちょっと厳し過ぎだったよう。

蝙蝠谷 031
蝙蝠谷の上空には真っ青な夏空が広がっていた。
その後気温はどんどん上がり日が指すころには35℃になった。
11時半ごろに太陽が壁の向こうに行き岩場全体が日陰になっても30℃を下回ることはなかった。
蝙蝠谷 024

今日は「哲学の道」と「復活」を2便出し最後に「もういいでしょう」の計4本登ったが
ロープを結ぶだけで汗が噴き出してきた。
「復活」なんてテンションかけまくりだった。
秋になって涼しくなればもっとええ登りが出来ると自分に言い聞かせながら登ったが、呆れるくらい暑かった。水を2.5リットル持っていっていたが足りなかった。

明日も休んで蝙蝠谷で行こうかと思っていたが今日暑さに完膚なきまで叩きのめされたので
明日は冷房の効いた会社で休養することにした。

今日蝙蝠谷で見た変わった生き物
蝙蝠谷 033
葉っぱは真っ白でd茎は赤い。枯れてはいなかった。
蝙蝠谷 040
多分蝉だと思う。

家に帰って蝙蝠谷の上空を見たら
蝙蝠谷 042
大きな入道雲があった。
ザ~っと一雨欲しい。
三倉岳の話は終わりと昨日言ったが大事なことを忘れていました。

それはR氏と色々な話をするなかに三倉の終了点にロワーダウンし易いように残置した管付カラビナが直に無くなるとの話だった。(現在は残置していない)

三倉岳でなくこのような事は日本の多くの岩場で起こっているようだ。
神戸近郊で言えば堡塁岩がある。

私がクライミングを初めた当時入っていた山岳会の先輩に連れられて堡塁岩に行った時のこと。
終了点にカラビナが一個かかっていた。先輩はそれを見るなり『ラッキー!敗退用にもろとこ』と言って自分のものにした。
私はクライミングのことを全く知らなかったのでそんなもんか…と深く考えることはしなかった。
そして2年程して、ある平日に会社の若い者と二人で堡塁岩に行った。(若い者は初心者だった)
その日の堡塁岩には我々以外に男二人のパーティーと男一人の計5人だけだった。
私は真新しいPETZLのヌンチャク(購入価格4000円)を終了点にバックアップとして使った。
その様子を独りで来ていた男が見ていた。
違うルートを登るためそのヌンチャクは終了点に残置したまま違うルートを登って回収に行ったら無くなっていた。そして男二人のパーティーと男一人は既に岩場から居なくなっていた。
持ち帰ったのは男二人のパーティーか男一人のどちらかなのだが確かめる術もなく非常な腹立たしさと虚しさを感じた。
会社の若者は『泥棒ですやん!こんなことって信じられん。メッチャムカつきますねぇ~』と憤慨していた。
その若者は二度と岩場に足を向けようとはしなかった。

その日から十年近く経った今では、どこの岩場に残置すればカラビナやヌンチャクが無くなるか大体分かるようになった。
私の独断での考えでは高難度のルートを擁する岩場でカラビナやヌンチャクが無くなることは皆無である。
反対に古くから登られてい居る岩場。例えば堡塁岩などルートの難度がⅢ級とかⅤ級とかグレーディングされている岩場で無断で持ち帰られる事態が頻繁に発生している。

堡塁岩ではリボルトされたラッペルステーションが持ち去られるという信じられないことがあった。

そういう私も泥棒と言われたことがある。
それはリボルトした後の古いボルトや終了点を勝手に処分していたからだ。今は使えそうなものは関係者に出来るだけ返却するようにしている。

ルートのボルトや終了点に知らないヌンチャクやカラビナを見つけてもそれは決して捨ててあるものではない。忘れたり次のトライの時のために残置しているのである。
もし邪魔になれば外して目立つ所に置いておけばよいのである。

無断で持ち帰ってるのは立派な大人達なのだなんとも嘆かわしいことである。
三日目も源助崩れに行った。
途中いけさんにワッフルやスフィンクスを案内していただいた。
気候の良い時期に登りたいと思う。

源助に来るたびに憩いのテラスへのアプローチの正面に見えるルートが前々から気になっていた。
「猫のひめい 5.10b 10m」とあらみちゃんに教えてもらいO.Sトライした。
2010.07.16~19三倉岳 035
TRのあらみちゃん。

出だしの右に大きく開いた水平クラックに右足をロックさせキャメ#3.5をセットしてO.Sトライを開始。中間部に右上する平行に並んだ2本のクラックうち下のクラックをジャムせずにアンダーでもって上のクラックにキャメの赤をセットした。
あらみちゃんがそこはみんなジャムするとこやで。とビレイしながら喚くが私は下手なジャムよりアンダーの方がええのや!と喚き返す。
クラックが終わる所から垂直に走る短いクラックもジャムせずにピンチで持って唯一のボルトにクリップしこれで落ちても安心と胸を撫で下ろす。
残すは2m程なのだが顕著なホールドが見当たらない。
左のカンテにホールドらしきものを見つけ手を出したら大穴のガバだった。
これ幸いにとガバでがばっと身体を上げその奥にあるフレークを掴んだらまたまたガバだった。
最後は結局左カンテを登ってトップアウトし赤松の木にシュリンゲで終了点を構築しO.Sしたと喜んだが
R氏がひょっこり現れ左カンテを登ったら駄目じゃが~核心部を逃げとると言われた。
なるほどそう言われれば簡単やなぁ~と納得。
前に一度TRで登ったあらみちゃんが何も言わないので左へ逃げたが生涯の一度のO.Sチャンスを逃して残念だった。

次に前日○防さんが微妙な足遣いで登っていた「モアイ・カンテ 5.11b 20m」に取り付いた。
日本100岩場では5.11aになっているがトライされた多くのクライマーの意見で現在は5.11bになっている。
2010.07.16~19三倉岳 037
モアイ・カンテをリードする?君。

出だしはラッキーネーブルやモアイ・クラックと同じ。
クラックが終わりフェイスが核心の始まりなのだが出だしは易しい。
フェイスの上に水平に走るクラックを取るのが最初の核心なのだが、私はラインを間違え早くカンテの右に入ってしまいどうにも出来なくて敗退した。
涼しくなって条件の良い時期に再度チャレンジしたい。

14時過ぎに岩場を後にし帰路に付いた。
大した渋滞に合うことなく19時半ごろ家に帰り着いた。

このツアーであらみちゃんが左薬指をパキり満足に登れなかったが、元々彼女はこの時期手がぬめるので真剣に登らない。
翌日医者に診てもらったらどうもない。と言われたそうです。

私は5ヶ月振りに気合の入ったクライミングが出来たし結果も出せたので大満足のツアーだった。
R氏、まゆみさん、いけさんから涼しくなったらお好み焼きをするので是非おいでんさい!とお誘いを受けた。何をおいても出かけようと思っています。

又このツアー中に久し振りにお目にかかった方や初めての方などと楽しい時間を過ごすことが出来たのが一番の収穫だった。

今夜で三倉岳ツアー記事はおしまい。

そうそう忘れてました。
三倉平に熊の親子が出没したそうです。
2010.07.16~19三倉岳 032
二日目は朝R氏から『だめじゃろう~』と言われた青白ハングに行った。
前夜R氏から『マメオさん!三倉で一番お勧めのルートのノーマル・チムニーを是非登って下さい。30mの5.8です。』と言われたノーマル・チムニーを見るのと「ラッパハング 5.10b 20m」を登りたかったからだ。
ラッパハングの上部クラックはびっしり緑色の苔に覆われていてトライを諦めた。
ノーマル・チムニーは前夜のR氏とまゆみさんの言葉を思い出し見るだけにした。
R氏『チムニーの中に入り過ぎるとプロテクションが取れんのじゃ~』
まゆみさん『しかし何故か入ってしまうんよ~』

2010.07.16~19三倉岳 020
見事に苔に覆われたラッパハング上部、おまけに出だしのクラックもビチャビチャだった。

2010.07.16~19三倉岳 019
「兵隊クラック」前のテラスからの眺め。
このテラスからの眺めは最高!それに気持ちええ!

暫く眺めを楽しみ源助崩れに移動し今回目標の一つの「ヒップ・クラック 5.9 30m★」にR.Pトライした。
2年前は下部を右に大きくトラバースする初登時ラインを登ったので今回は現在の右上するハンドクラックのラインを登った。
湿度が高いのかヌメるのでプロテクションを多い目に取った。
右上するハンドクラックの次は左上するオフウィズス。登り方は二通りあるが、私は背中を下にしてズリズリ這い上がる。プロテクションは木の根に一か所だけ取る。
そして最後は真直ぐに伸びる奥はハンドサイズで外はオフウィズスサイズのフレアーした5m程のクラック。
半分程はクラック横のフェイスを使って登る。
降りてからあらみちゃんに全部フェイスで行くんかと思った。と言われた。出来ればそうしたいが絶対無理。
前日に見た『雨を呼ぶ女』の方の登りを思い出し右手足を奥に入れ左手足を外に出しモゾモゾと高度を稼いで行く。
最後50cmの核心でズリ落ちそうになったが必死のパッチでモゾモゾしたら右手が終了点の木に届いた。
ヤッター!2年越し2便目でのR.Pや~!
このR.Pはホンマに嬉しかった。

「ヒップ・クラック 5.9 30m★」色々
2010.07.16~19三倉岳 011
オフウィズをズリズリ登るしいちゃん。
2010.07.16~19三倉岳 010
ヒップクラックを登るために両手右足首をテーピングし暑いのに長袖をそれも他人のを着て重装備するしいちゃん。

しかしこんな方も
2010.07.16~19三倉岳 034
テーピング一切無し!七分パンツにタンクトップと露出度全開の○防さん。
しかもプロテクションは全てトライカムだったしビレイしているUのさんが、そろそろプロテクション取ろうよ…否!取って!取れ!というほどランナウトさせる。初登時ラインを登っているのでプロテクションを取りづらいだが多分20m近くランナウトさせていた。恐るべし○防。


この日1本目で目標のヒップクラックをR.Pし今日はもう終わろうかなぁ~と思ったが
まだまだ時間があるので昨日テンションしまくった「ラッキーネーブル 5.11a」に取り付いた。
下部クラックは難なくクリアーしいよいよ核心の始まり。
フェイスへのハング越えに一回目何故か戸惑り仕切りなおして2回目にハング上に立ちこんだもののバランスが巧く取れない。一か八か右手をがガバに飛ばしたら巧く取れ、やれやれ。
十分レストして昨日必死のパッチでクリップした3ピン目も巧く出来た。
最後は超どスラブを残すのみだったが何故か立ちこめない。
昨日は簡単に立ちこめたが何故か左足があと一歩上げられない。
4回程登り降りを繰り返し呼吸を整え5回目に意を決して左足を上げたら指先が辛うじてかかる水平クラックに届いた。
やれやれラッキーネーブル 5.11aを2撃したった。

という訳で二日目は2本登って2本R.Pと大満足の一日だった。


ところで前夜R氏、まゆみさん、いけさんとの酒盛りの話の中でオーストラリアの岩場の話が出た。
R氏がオーストラリアならジェフリーがおるじゃろう。と言われた。
ん…?ジェフリー???どっかで聞いたことある名前やなぁ~とあらみちゃんと顔を見合わせた途端二人同時にジェフリー!!!!!ジェフリーと言えば我会の満太郎さんの友人で確か4年前にオーストラリアのアラプリーズに行ったときにお世話になった方だった。
つくづくクライミングの世界は狭いなぁ~と感じた出来事だった。

今夜はここまで
三連休の初日二日目に雨に合った。
2年前も雨に合いずぶ濡れになった。
どうも雨と相性がええよう。
2010.07.16~19三倉岳 003
降り続いた雨で三倉の緑は元気一杯!

初日は取り合えず源助崩れへ
2年前にO.Sした「モアイ・クラック5.9 20m」でクラックの感覚を蘇らせるべくマスターリードで取り付く。
2010.07.16~19三倉岳 006
ビレイするあらみちゃんにいつになったらジャミングするん?と言われる。
そぉ~言われてもカチがあるのに使わん手はないとしつこくジャミングせずに登る。
クラックはプロテクションを取るだけ。
しかし核心部である最後の抜け口はフィストジャム一発効かせてキッチリR.P
幸先良し!
2010.07.16~19三倉岳 007
TRで登るあらみちゃん。

次に2年前に終了点直下50cmでフォールしO.S出来なかった「ヒップ・クラック5.9 30m★」に取り付こうとしたがイマイチ気分が乗らないのでモアイの左の「ラッキーネーブル5.11a 20m★★」に取り付くことにした。
理由は下部のクラックは5.6くらいなので問題無し!核心はクラック上部のハングの抜けと見た。
おまけにボルトが3本打ってあるし右上するフレークも使えそうと私のオブザベだった。
2010.07.16~19三倉岳 025
「ラッキーネーブル5.11a 20m★★」をリードする下関のMさん(?)

O.Sトライで取り付いた「ラッキーネーブル5.11a 20m★★」はオブザベ通りクラックからハングの乗っ越しでの一手がどうしても分からない。何度かハングドッグするが乗っ越せなくテンションする(悔しい~)。
居合わせたR氏から見えないところにホールドがあると教えられる。
手探りで教えていただいたホールドを探しハングを乗っ越したが核心は終わりではなかった。
3本目のボルトにクリップするのもバランスが悪く必死のパッチになった。
フェースが終わりやれやれと思いきや最後に現れたのは超どスラブだった。
北山公園の木下フェース右に似た感じだった(手は指先が辛うじてかかる穴一個のみ)。
ただ高さは2.5m程なので6級位だと思う。
テンションしながらも終了点へ辿り着きやれやれ。

R氏から初めて取り付いて終了点まで抜けるのは大したものだと言われ非常に気分を良くした。

あらみちゃんがTRで取り付いたが見えないホールドで左手薬指をパ切った。
2010.07.16~19三倉岳 031
動かすと痛いと言うので木切れで固定してあげた。

そうこうしていると急に大粒の雨が降り出し憩いのテラス下に避難。
2010.07.16~19三倉岳 009
ここには5、6人入れる。

初日で疲れもあったの早めに下山。

夜はR氏、まゆみさん、いけさん達とクライミング談義
2010.07.16~19三倉岳 012
R氏やまゆみさんから三倉の歴史など貴重なお話を聞くことが出来有意義な時間を過ごせた。

21時半過ぎに寝たが秒爆睡した。

今夜はここまで
2010.07.19 三倉岳
19時半過ぎ大した渋滞に合うことも無く無事に帰宅しました。
2010.07.16~19三倉岳 001
管理棟前の広場より撮影。

2年振り2回目の三倉岳は雄大で心癒されました。
クラッククライミングも2年振りでした。
2年前にイケチャンの期待通り終了点直下50cmで大フォール大喜びさせた「ヒップクラック 5.9」を18日に1便目でR.P出来たのが嬉しかったし何よりの収穫でした。

詳しく明日以降に
2010.07.16 三倉へ
今夜から広島県の三倉岳へ行く。
梅雨も明けそうなので2年前のリベンジが出来たらと楽しみにしている。

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蝙蝠谷の上に僅かに覗いた青空。

今日は昼少し前にジムに行きトレーニング。
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メニューは8km/hから10km/hへ徐々に上げて15分走る。
五種類の腹筋を計150回。
二種類の背筋を計50回。
太ももの表と裏の筋トレを5回。←簡単だが言葉で説明しにくい。
指懸垂10回。
これで約40分。これ以上は時間的に無理。

昼休憩中に仕事に出かけ時間待ちの間に運河を眺めながら昼飯を食った。
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ここは中央区と灘区にまたがっているハット神戸といい。元神戸製鋼所の跡地だ。

そして家に帰って飯を食ってから筋肥大トレを
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今日で5回目。
課題が簡単過ぎるように感じたので少し難しくしたが6~7級くらいかな。

以上のようなトレーニングを週2~3回行うようにしているが1回の時もある。
そんな週は何故か焦ってしまう。
指や身体を壊さないようにぼちぼちやるのがええんやろうけど、ついつい脅迫観念に取り付かれてしまう。
病気かな…。
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真冬の海で遭難したヨットマンの蘇生感覚を描く「遭難者」。政治家の豪邸に火を放った右翼青年の人生の軌跡を追う「ある行為者の回想」、公人としてその生を全うしようとした男の初恋を描く「公人」のほか、「きょうだい」「パティという娼婦」の全5編が収録されている。

図書館で何か面白い本は無いかなぁ~とウロウロしていて題名に惹かれて借りた。
読む前に題名からして当然山での遭難だと勝手決めていた、が、読み始めて直に間違いに気付いた。

面白く読み応えのある内容でした。
80066[1]
日本冒険小説協会大賞受賞作
アイガー北壁の難所、《神々のトラバース》を登攀中のクライマー2人が、奇妙な遺体を発見した。白骨化した下半身、氷漬けになっていたため損われていない上半身には、ナチ・ドイツの騎士十字勲章と美しい女性の写真をおさめたロケットをかけている。2人は下山後警察に通報するが、発見をかたく口止めされた。話をききつけたBBC調査員が探り出した意外な事実とは? 息もつかせぬ迫力の登攀シーン、山岳冒険小説の傑作! 訳者あとがき=海津正彦

この本は小説なので事実では無い。が、この小説の主人公ドイツ国防軍第十四機甲師団軍曹でクライマーでもあるエーリッヒ・シュペングラー(小説上の人物)が過去にアイガー北壁で起こった遭難事故の救出に向かう。この遭難は事実である。
今年4月に『アイガー北壁』という題で映画になっいていた。
私も観てきました。

翻訳者の海津正彦氏があとがきのなかに
ところで、この小説では冒頭から岩壁登攀のシーンがふんだんに出てくる。それがいちいち正確で迫力があり、訳していて実に痛快だった。
と書かれている。氏は以前に岩壁登攀に入れ上げた時期があったそう。なので確かにクライミングシーンは迫力を感じた。
結末は読んだ人によって色々感じると思うが私はええなぁ~と思った。
book_s013b[1]
『宙ぶらん』他9編の短編が収録されている。

氏は1950年2月の生まれなので私の一歳年上である。
『天は二物を与えず』という誰が言ったのか知らないが「一個の人間は、そう幾つもの才能や長所を持っているものではない。」との意味だそうだが、私は非常な妬みを伊集院 静氏に前々から感じていた。

それはCMディレクターから作家になり夏目雅子を妻にし夏目雅子が急性白血病でこの世を去って8年後の1992年7月15日、『受け月』で直木賞を受賞し同年8月7日に現在の夫人女優篠ひろ子と再婚とあまりにも羨まし過ぎるからである。まぁ幸せかどうかは分からんけど…

氏の作品を初めて読んだ感想は、悔しいけど面白かった。
又違う作品も読もうと思っている。

追記
『天は二物を与えず』の意味だが
Yahooの知恵袋に
「天は二物を与えず」と言う諺の「二物」とは「長所100パーセント」,「短所100パーセント」の二物という意味である。
「天は人間に100パーセントの長所も100パーセントの短所も同時に与えることはない」という意味である。

ここに松下幸之助氏の言葉がある。
『この世に百パーセントの不幸というものはない。五十パーセントの不幸はあるけれども、半面そこに五十パーセントの幸せがあるわけだ。人間はそれに気がつか なければいけない。
とかく人間の感情というものは、うまくいけば有頂天になるが、悪くなったら悲観する。
これは人間の一つの弱い面だが、それをなるべく少 なくして、いつの場合でもたんたんとやる。
信念を持っていつも希望を失わないでやることだ。
 「天は二物を与えず」と言うが、逆に「なるほど、天は二物を与えないが、しかし一物は与えてくれる」ということが言えると思う。
その与えられた一つのものを、大事にして育て上げることである。』

つまり、誰にでも与えられている「50パーセントの長所と50パーセントの短所」の混合一物を
「100パーセントの長所に育てるか」「100パーセントの短所にしてしまうか」は本人の心がけ次第である、と言う事である。
2010.07.11 備中清掃
清掃前日に登ろうと思っていたが、原瀧山、長屋坂ともずぶ濡れで登れるルートが無かった。
原瀧山の地主さんに挨拶がてらアプローチの草刈りをした。
2010.0710.11備中清掃 001

ヤナ兄さんからニューエリは登れるとの連絡をもらったが昼頃だったし今の私の状態でニューエリで登れるルートがないので用瀬キャンプ場の草刈りをした。
リニューアルされた赤橋を渡って用瀬小屋へ
2010.0710.11備中清掃 002
左右のスペースが5cm程づつスリル満点。

あらみちゃんはキャンプ場のお墓の草刈りをし私は広場の草を刈ったが刈り応えがあり過ぎた。
目茶苦茶汗をかいた。
夜のビールが一段と旨かった。
2010.0710.11備中清掃 003
このトウモロコシは直売所で1本138円で買った。目茶苦茶甘くて美味しかった。
2010.0710.11備中清掃 004
この夜のメニューは冷やしうどんと豚肉の生姜焼き。

清掃当日は前夜からの雨が降り続いていたにも関わらず多くのクライマーの参加があった。
2010.0710.11備中清掃 007
約50名の参加があった。福岡のBOTCHさんも来られていた。

各エリアに分かれて約2時間草刈りやアプローチの整備をして
11時から高梁市消防局から2名の隊員が来られ心肺蘇生法の講習を行った。
2010.0710.11備中清掃 016
私もやって隊員から完璧との評価をいただいた。
今回で6回目の受講なので当然かな。
あとAEDの使用方法を受講し12時過ぎに終わった。
心肺蘇生法は一度くらい受講しても直に忘れてしまうので定期的に受講するのが望ましいです。

受講後倉敷のロックスに行こうかと思ったが、帰り道と少し逆方向になるのでポップロックに行った。
2010.0710.11備中清掃 024
ババチョップ、お兄ちゃん、T君、Yさん、イチ君、MORISAMAが、そしてS夫婦が来た。

初めてのポップロックで白課題は一撃できたが、その次に易しい緑課題は全然駄目だった。

ババチョップ氏の面白写真を2枚ほど
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今後の清掃活動予定は8月1日(日)蝙蝠谷、8月29日(日)下帝釈ながの村が予定されています。

今週土曜日からの3連休は三倉でクラックをやる予定です。
お近くの方は一緒に遊びましょう。
ROCK&SNOW#048の安間佐千君の『我が道を行く』の記事に

サチの簡単トレーニング(筋肥大期)
ボルダージムのテープ課題で、自分の限界より2段階下のグレード
(限界が2級なら4級)の課題を3つチョイスする。
傾斜は強いほうがいい。
これを1課題4トライ、合計12トライする。
制限時間は30分。全完登できるかな?
週3回やれば、筋力&持久力アップだ!


というのに目がとまり早速我が家のボードに自分で課題を設定し今週から始めた。
魅力は30分という短時間ですむことだ。
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私のジムでの限界は先日行った『ひぐらし』で4級だったので本当なら6級の課題を設定しなければいけないが指も完全ではないので多分8級くらいのを傾斜角115度で作った。

少し慣れたら傾斜角を120度、125度、130度と強くして行こうと考えている。
これを9月いっぱいまで行って10月からの本気トライに備えようと考えている。

ただやり過ぎて怪我をしないようにと思っているが果たして…


明日の早朝から備中へ行く。11日(日)の清掃活動に参加するのが一番の目的なのだが
土曜日は一年振りに原瀧山に行く。
ヤナ兄さん率いるロックスチームと合流の予定。
なので明日明後日のブログはお休みです。
今日ブログの訪問者数が100000を突破しました。

2007年1月12日に開設して3年5ヶ月と26日での快挙です。

多くの方の訪問に心から感謝しています。ありがとうございますm(_ _)m


これからも独善と偏見に満ちた内容は変えようもないですが出来る限り続けて行こうと思って
いますので今後とも宜しくお願いします。

目指せ!1000000!←何歳になっているのやろ…。
世那の絵 004
写真の絵のタイトルが『にほんの うえの うちゅう』だそうです。
作者はセナ。4歳。
世那の絵 008
幼稚園で話題になったそうでパパ、ママ、ババまで凄い!と興奮気味。
多分ジィジィーのそう!私の血を引いていると思われる。←相当なジジ馬鹿。

絵は横140cm縦115cmの大作。

そして絵の意味は
世那の絵 006
だそうである。なぜうちゅうなのか?なぜアロハなのか?

私の想像だが、はやぶさが奇跡的な生還を果たしたのとバァバァーがちょうどハワイに行ってた時なのを重ね合わせたと考えられる。

今や絵のセンスが衰退してしまった私の目に映るのはただの落書きなのだが観る人が観れば天才!と驚愕するかも…

ご覧になりたい方は我が家へお越しください。
2010.07.06 LED電球
昨日ダイニングの電球(ミニレフ球50W)が切れた。
なので思い切ってLED電球に交換した。
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オープン価格なので定価は分からないが会社の隣の電器屋で3,980円だった。
従来のミニレフ球は500円程だったので約8倍する。

しかし寿命は約40,000時間、従来のミニレフ球は2,000時間なので20倍長持ちする。
約20年間もつらしい。次に切れるころに私は生きていないだろう。

電気代も従来のは消費電力50WだがLED電球は6Wなので約1/8なので一年で元がとれる。

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右がLED電球で写真で見れば左側の従来のミニレフ球の方が明るいように見えるが実際に明るさは変わらない。
熱さもLED電球の方が低い。

これからは切れるごとにLED電球に交換して行こうと思う。
2010.07.05 権利と義務
会社帰りに寄り道をして期日前投票をしてきた。
これで11日の備中清掃に心置きなく参加出来る。

権利の一つに基本的人権がある。その中に幸福追求権がある。
その権利を主張するための義務として選挙において投票をするわけだが
今回の参院選は頭を抱えた。私としては捩れるようになればとの思いで投票用紙に書き込んだ。


しかし今日も暑かった。こういう日は
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冷えたこれに限る!
2010.07.04 バリカン
朝起きて蝙蝠谷の方を見たらガスがかかっていた。
こりゃ~染み出しや結露で壁は濡れているやろうなぁ~と思い蝙蝠谷行きは中止。
ほな何をしようかなぁ~と庭を見たら植木が伸び放題になっている。
今日を逃せば備中清掃やら三倉行きやらで暫く週末は家を空ける。
なので今日は植木の剪定をした。

そしてやっと!念願の生垣用バリカンを買ってもらった。
剪定 004
数年前から買って買ってと訴えていたが中々買って貰えなかったが今日は機嫌が良かったのすんなり買ってくれた。
使い勝手は非常に早い!そしてなにより楽!である。

剪定 003
↓↓
剪定 016

剪定 002
↓↓
剪定 015

剪定 001
↓↓
剪定 017
細かい仕上げは植木鋏でしなければならないが労力は格段に楽である。
ただ注意しなければならないのはスイッチを切っても直に止まらない。
脚立に乗って刈っていてスイッチを切って降りようとしバリカン部分が太ももにあたり危うく太ももを刈るところだった。それと電源コードを伐らないようにコードの捌きを常に注意しなければならない。

これで秋までは大丈夫なのだ。
2010.07.03 総会
今日三宮で須磨勤労者山岳会の総会があった。
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昨年一年の間に6名方が新たに仲間になった。
我会はフリークライミングをはじめ本チャン、雪山、アイスクライミング、縦走、沢登りと多岐にわたって意欲的に活動している兵庫県内でも数少ない山岳会である。
又常時新入会員を募集していますので我会のHPの新会員募集をクリックしてください。⇒須磨勤労者山岳会HP

総会後は
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飲み会へ

さて明日はどう過ごそうかと思案している。
このまま雨が降らなければ蝙蝠谷へ行こうかと思うが、果たして壁が乾いているのか…多分駄目やろうと思う。
ならばジムへ…イヤイヤ止めとこ。
では太陽と緑の道のパトロールにでも行こうかなぁ…。
朝の天気次第やな。
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木枯らし紋次郎シリーズの最終作である。

上州新田郡三日月村に生まれが貧困のため間引きされるところを姉の機転で命を助けられた。
しかし人別帳には名前が無い。

紋次郎は無宿人としてその日その日を生きる。
そして生きる場所は街道にしかない。
「あっしには、かかわりのねえこって」と言いながらも人間的なつながりを求めていく。

『木枯らしに似た音が鳴って、楊枝は吹き矢のように飛ぶ。楊枝は、三味線の二の糸に命中した。切断された弦は、ピンという響きを残して二本になった。木枯らし紋次郎は取手やおfみと反対に、利根川の土手のうえを東へと立ち去った。』
上の文は1971年スタートした「木枯らし紋次郎」シリーズから1995年に始まった「帰って来た木枯らし紋次郎」シリーズ全113編の最後の文章だ。
読み終えて今も紋次郎は上州長脇差としての風格を保ちながら街道を歩いているような錯覚を覚える。

出来ることならこの続きを紋次郎の最後を知りたいと思うがこのまま終わる方が心にいつまでも残ると思う。

今夜クラックス大阪で第三回香落渓アクセスミーティングがあり参加してきた。JFAからD助さんも参加された。
詳しくは後日発表されましたら紹介します。

クラックス大阪には数年前に一度行った事があったので良く確かめもせずええ加減に歩いていたが、どうも違う感じがしたので駐車場のおっちゃんに聞いたらなんと正反対の方向を歩いていた。
大阪は山が無いから方向が分からん。