2012.06.30 四十九日
今日は義兄の四十九日の法要が福山であり日帰りで行って来た。

さてこの法要だが何時頃から行われるようになったのか。
そして寺院と葬式の関係について
以前に読んだ本の中に面白い個所があったので紹介します。
かなり長いですが読んで損はないと思います。

徳川家康の晩年慶長年間に布達された寺院法度は、全国の寺院を、政治的、経済的に規制して、中世寺院がもっていた特権を剥奪するためだった。
つまり、僧侶を教学に専念させる一方で、寺院の行動を幕府権力の統制下におくことである。
戦国時代が終わって、ようやく平和がきた。民衆の苦患に身を投げて、ともに泣き、ともに喜ぶのが僧侶の生きる道であったろうが、平和がきて、僧侶は士農工商に象徴させる階級固定の幕政にしたがって、差別支配に組みこまれることになったのである。各宗派の本山に地方寺院が吸収され、寺にも僧にも階級がうまれた。

寺院法度によって、江戸時代の僧侶は、まさに武士の政府、つまり、幕藩の公務員として生きることになった。僧侶の生活を律する公務員法こそ、数々の寺院法度であった。
このような僧侶は、宗派ごとに厳密な本時末寺関係でしばられ、上下の関係は、士農工商の世界と同じように厳しかった。いっぽう江戸時代の民衆のすべては、いずれかの寺の檀家となることが強制され、それによってキリシタンをはじめとする当時の危険思想の持ち主でないことを、檀那寺の僧侶から証明してもらわなければならなかった。
江戸時代の僧侶が依存した檀家制度こそ、幕藩が僧侶に贈った最大のプレゼントであった。
幸か不幸か、幕藩体制が崩壊し去った近代、現在においても、仏教寺院は檀家制度にしがみついて生きているのである。

幕藩の公務員として僧侶が果たした役割はいろいろあるが、そのことで、もっとも大きなもは三つある。
その一つは村役人の仕事の肩がわりである。
その二が思想善導役である。
その三は特高警察の役割である。
僧侶は檀家の人々の冠婚葬祭の証明書発行と旅行手形の権限を握っていた。
この権限を利用して檀家からの収奪をほしいままにした者も少なくなかった。
さらに僧侶が檀家や民衆に説く説法の中に、特権的に公卿の心をとり入れ、幕藩の期待する民衆を育てあげることに協力したのである。そのために、仏教の教えの中に、大幅に権力の要求する儒教思想が盛り込まれた。
これに加えるに、江戸時代の為政者が危険思想のレッテルをはって、その圧殺に努力した隠れキリシタン、不受不施派(隠れ題目)、隠れ念仏などの地下信仰の摘発と処断に、僧侶は特高警察的役割を演じた。
その際利用されたのが、檀家に対する宗旨人別改めによる思想調査だった。
江戸時代の僧侶が民衆に対してもつ権限のなかでも、宗旨人別帳は、民衆に対する大きな圧力と睨みになった。
宗旨人別改めを悪用した僧侶の悪徳行政に対する数々の批判書が書かれ、今日も残されている。
宗旨人別改めの権限を僧侶が握っているかぎり、民衆は例外なしに、いずれかの寺院の檀家にならざるを得なかったのである。
幕藩の公務員としての地位によって、幕藩体制がつづくかぎり、僧侶の生活は安泰そのものにみえた。しかし、現実は、そう容易なものではなかった。
僧侶が檀家制度の上にあぐらをかき、民衆の思想的監視役におさまっているあいだに、僧侶は民衆の立場に立って生死の問題を信仰によって解決することを忘れ去ってしまった。生きることを教えられない僧侶に、民衆からの布施は集まらない。そこで、僧侶は喰うために檀家の墓の面倒を見はじめるのである。
戦国時代までの僧侶は、一般民衆の墓や葬式などに関係することは少なかった。そうして仕事は一ランク低い勧進聖(かんじんひじり)たちが、村々を回って行なうのが常識であった。江戸時代の僧侶は、一般民衆の葬式と墓守りの仕事を勧進聖から奪い取って、副収入の財源としたのである。
これで僧侶は一息ついたかにみえたが、江戸時代二百六十余年のあいだになされた生活の向上は、さらに数々のアルバイトを僧侶に余儀なくさせた。
人間一どしか死なない。葬式は一人一度だけである。これを何回にも活用し、死者を媒介として収益をあげるために考えついたのが、死者、つまり民衆の祖先の法要の回数の増加であった。そのために生れたのが檀家の人々の過去帳の作成であった。民衆の過去帳のつくられはじめたのは、江戸時代の中期を迎えるころであった。僧侶は過去帳によって、檀家に対して、三回忌、七回忌、十三回忌等々の法要を次々に要請し、その度ごとに出されるお布施が、僧侶の生活を支えることになった。こうして江戸時代の仏教は、生者のためより死者のため、つまり完全な葬式仏教化への道を急速に歩んでゆくのである。

以上「日本仏教史」から


ここ数年僧侶を呼ばない、「家族葬」や「友人葬」が広く行われるようになった。
私の母もそして義母も「家族葬」で行った。
当然私の葬式も「家族葬」でするように遺言している。
2012.06.29 江戸しぐさ
肩引き
狭い道で人が行き交うとき、肩がふれたりしないよう互いに肩を引き、身体を斜めにしてすれ違うしぐさ

傘かしげ
雨や雪の日、すれ違う相手も自分も濡れないように、傘を外側に少し傾けること

うかつ謝り
たとえば足を踏まれたら、踏んだ人はもちろん、踏まれた人も人が通るようなところに足を出している方がうかつだったという気持ちで謝ること

これらは「江戸しぐさ」と呼ばれるものです、当たり前のことのようですが、最近は老若男女問わず出来ない人が多いように感じるのは私だけでしょうか。

「江戸しぐさ」の始まりですが、文化・文政の頃の江戸は、全国から言葉や習慣の違う人たちが集まる、人口100万人を超える大都会だった。「江戸しぐさ」は、文化的背景の異なる人たちが良好な人間関係を築き、まちの安定と繁栄をもたらすために商人たちが考え出した生活哲学であり、それが庶民に広まったものといわれています。

江戸しぐさは人権尊重のしぐさ
江戸しぐさの根底には、仏の前では皆平等な存在であるという思想があり、相手によって言葉を変えたり威張ったりすることは、「いなかっぺ」と言われ、軽蔑されたそうです。(地方出身者への蔑称ではない)「尊意論(自分と異なった意見も尊重し、よく聞き入れる)」、
「三脱の教え(余計な先入観を持たないよう、初対面の人に職業、学歴、年齢を聞いてはいけない)」などの江戸しぐさもあります。
違いを受け入れ、尊重する。常に人を思いやる。お互いに助け合い、共に生きて行く。このような「江戸しぐさ」の基本は、今の言葉で言えば「人権尊重」を行動にあらわしたものといえます。
人権は、特別なものではなく、日常の暮らしにおいて、人と人とのかかわりの中で実践していくものだと思います。


自然に行動できるように
「江戸しぐさ」は単なるマナーではなく、子どものころから教え込まれ、癖になって身体に染みついていたそうです。
自然に相手を思いやることができる、人権を尊重することが、当然のように身体に染みついている。そんな「粋」な自分を目指してみては。


【参考文献】
越川禮子著『商人道「江戸しぐさ」の知恵袋』講談社
『江戸の繁盛しぐさ』日本経済新聞社


私は退職後嘱託社員で本社勤務になりました。
約2万人近くいる会社の本社でそれも会社を象徴する高層ビルディングにデスクがあります。
そこで最初に面食らったのは、態度のデカイ男女の多いことでした。

本社勤務とあってエリート意識が強いのか、「江戸しぐさ」なんて皆無です。
特に若い男女にその傾向がみられる。
高層ビルディングとはいっても各部署のフロアーは狭くすれ違う時に反身にならないとすれ違えない。
それこそ「肩引き」をしなければならないのだが、若い社員が男女を問わず向こうから来ると私はヤモリのごとく壁に貼り付くようにします。
何故か?それは若い社員達は顎を突き出し肩を左右に揺らし「こら!おっさん!邪魔や!どけ!」ちゅう具合で歩いてきます。
この会社の未来もそう明るくないと私は思っています。
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昭和11年青森刑務所脱獄。昭和17年秋田刑務所脱獄。昭和19年網走刑務所脱獄。昭和22年札幌刑務所脱獄。
犯罪史上未曾有の四度の脱獄を実行した無期刑囚佐久間清太郎。その緻密な計画と大胆な行動力、超人的ともいえる手口を、戦中・戦後の混乱した時代背景に重ねて入念に追跡し、獄房で厳重な監視を受ける彼と、彼を閉じこめた男たちの息詰まる闘いを描破した力編。読売文学賞受賞作。
←裏表紙から

これは「昭和の脱獄王」と呼ばれた実在の人物、白鳥由栄(しらとりよしえ、1907年7月31日~1979年2月24日)元受刑者をモデルに描かれた小説です。

もし彼が現在に生きていて趣味にクライミングと巡り合うことがあれば日本の否世界のトップクライマーになっていただろうと思う。
理屈抜きで面白いです。

参考⇒白鳥由栄
今日約2ヶ月半振りにGR神戸でコソトレをしてきた。
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長手課題を4つやったけどどれもRP出来なかった。

あと先日行われたスカルパ「モジトチャレンジセッション」の課題が残っていたのでやってみた。

赤色、緑色は一撃、黒色は居合わせたY浅さんにムーブを教えてもらったにも関わらず3便かかった。

水色は中間部から全く出来る気がせんかった。

久し振りだったので以前に比べ見かけない顔ぶれが多かった。

しかしその人達からすれば私の方が見かけんやっちゃになるのだろう。

又行こ!
昨日15時頃の蝙蝠谷の沢筋でカウベルの音と数人の話声が聞こえて来た。

ハイカーやなぁ~珍しいなぁ~と思っていたら一向に遠ざかる気配がない。

どうも道に迷ったようなので下りてハイカー達のところへ行った。

案の定蝙蝠谷東尾根を行くのを分岐を見過ごして沢筋を下りて来たらしい。

男二人、女三人の六十代から七十代のパーティーだった。

放っておいて怪我でもされたら困るので滝下まで道案内をした。


17時過ぎに下山して駐車場のオーナーと世間話をしている中で

オーナーが「先日落ちて怪我された方はどうなりました?」と聞くので

事情を知らない私は『なんかあったんですか?』と問いかけた。

オーナーの説明では、先週か先々週の平日にクライマーが3メートル程落ちてレスキュー隊に救助されたとのことだった。

私は全く知らなかったので念のためU津さんに連絡をしたら御存じだった。

U津さんもレスキュー隊からの連絡で事故を知ったとのことだった。

事故の概要は、平日に2パーティー(多分4人)が蝙蝠谷でクライミングをしていた。

その内の一人がロープに足を入れた状態でフォールし頭から落ち頭に怪我を負った。

頭からの出血と居合わせたクライマーの人数が少なかったので119番通報しレスキュー隊の出動となった。

幸いにも怪我は大したことなく頭を数針縫っただけで救急搬送された病院から歩いて帰ったとのことだった。


その日は静かな衝原地区に救急車と消防自動車3台が集結し大騒ぎになっただろうと推測される。

その夜にU津さんは昼間の事故の事を地区の主だった家に電話で説明されたそうだ。

ところが翌日又してもレスキュー隊が出動する事故が蝙蝠谷であった。

翌日の事故はハイカーが滝下付近で足を滑らせ骨折しレスキュー隊が出動したとのことだ。

U津さんはこの夜も地区の主だった家に電話し今日の事故はクライマーではなくハイカーだったと説明されたそうだ。

U津さんは地区の消防団の班長をされているので地区内で事故等に非常に気を使われるとともに事が大きくならないように素早く対応されている。

本当に申し訳ない思いだ。

蝙蝠谷に関して色々意見があるのは承知しているが現状はU津さんの尽力によりクライミングができている。

この事を常に心に留めて欲しいとともに少しでも報いるために登録証をお持ちの方は今一度入山時の約束を読み返して欲しいと強く要望します。

それからU津さんとの話の中でNHKの大河ドラマ『平清盛』が放映されて以降衝原地区を訪れるハイカーが増えたとのことだ。

蝙蝠谷の北東方面にある丹生山の頂上にある丹生神社は平清盛が月詣でした神社らしい。

なので夏から秋にかけてより多くのハイカーが訪れると推測される

そうなれば昨日のように道に迷い蝙蝠谷に入り込むハイカーも増えると思う。

もし迷ったハイカーに出会ったら優しく蝙蝠谷は許可証が無ければ入山出来ない旨を伝え安全な場所まで道案内してあげて下さい。

よろしくお願いします。

PS
蝙蝠谷が入山禁止になるまでは《山陽自然歩道》として整備されハイキングマップにも掲載されていたが、入山禁止後はマップから削除されている。
ただ古いマップには当然掲載されている。

丹生山と平清盛は⇒こちら
朝起きたら身体中がガチガチだったのでテレビ体操で身体を解し蝙蝠谷へ
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岩場の途中にある滝、前日に比べ水量が減ったが通常より多い。

今日の蝙蝠谷は
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22℃そして午前中は湿度が高かった。

今日の蝙蝠谷は
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9名だった。
私とタカちゃん、あらみちゃん以外は顔ぶれが違っていた。

久し振りの大ボス、Cさんが
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大ボスの「旅路郎」

そして相棒の
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Cさんは「復活」を

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Cさんも中々の腕をお持ちです。

そして烏帽子岩以来の
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muraさんは「マーメイド」を
なっちゃんもお元気だとのことで何よりです。

私の仲間のリード君
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「活断層」で気分転換。

先週「旅路郎」をRPし蝙蝠谷のツエルブを制覇し次は「旅路 5.13a」だが今日のコンディションでは厳しかったよう。

そして昨日に引き続きタカちゃんは
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「ピロリ 5.12a」に引き続き女性初登を目指し「タフグリップ 5.12a」を
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今日の感じではRPは近いと思います。

そしてもう一人蝙蝠谷二連ちゃんのあらみちゃんは決まった目標がないが
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「旅路郎」を
しかし終了点まで抜けれませんでした。←しめしめ

口直しに
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「アパガード」などを
しかし中々の肩筋を持っとる。

さて私だが昨日4便出した御蔭で指の皮が消滅状態。
そんな指でアップを「マーメイド」でして「旅路郎」へ
リード君が核心までヌンチャクをかけてくれていたが出だしで指が痛いは身体が重くて上がらんは指は滑るはで1ピン目でフォール。
こりゃ~今日はアカンと思いつつも指の痛さに耐え、ゆうことを利かん重い身体に鞭打ってなんとか終了点へ、これでは今日何便出しても登れないと思いヌンチャクを回収しようと思ったが、リード君の好意を無にするようなので夕方もう1便出すことにした。

その間岩場の草刈などで時間を潰した。

そして15時半頃ヌンチャク回収で2便目を出した。

午後になって湿度が下がったのか下部が思いのほか上手く登れた。
指も然程痛く無かったのは意外だった。

中間部で少しレストしていよいよ被った壁へ突入!

核心前までのクリップも余裕を残してでき、後は核心の始まりの左手カチをデッドで取るのだが腕に余裕があったので反動を3回付けて左手を飛ばした。
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写真は左手を飛ばしたところ←撮影はタカちゃん。

しかしなんと!3回も反動を付けた所為でか勢いが付き過ぎカチを通り過ごしてしまい敢無くフォール!
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アホみたい…
非常に悔しいがこれが私の実力なのだろう。

しかし気を取り直してワンテンで終了点へ

7月1日今度こそはRPするどーーーー!

しかしデッドは下手やなぁ~と今日改めて思った。
睨み付けが足らんかったんかなぁ…
2012.06.23 ???
先週の大口宣言を実現すべく落とす気満々で早目に蝙蝠谷へ

そして少し岩場の整備を

暫くして今日の相棒が登場
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はたねーとは何時以来の相棒か…

マーメイドでアップをしていたら
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隊長・おメグペアーが来た。
隊長は実に5週間ぶりの外岩とのことだった。

そして暫くして
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タカちゃん、あらみちゃんが来た。

今日は他にローカルがお二人と京都のKちゃんと兵庫のDさんペアーで総勢10名だった。
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「活断層 5.12a」のKちゃん。

今日の岩場の気温は
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20℃だったが午前中は湿度も低くコンディションは良かった。

私にとっては最高に近いコンディションの中「旅路郎 5.12b」のMRP宣言して取り付いた。

下部は思いのほか順調にこなせ中間部で逸る気持ちを抑えつつレスト。

満を持して被った壁に突入

そして先々週まではクリップが核心だったボルトまでは全く問題無くこなせた。

いよいよ核心のクリップだ、ヌンチャクをかけロープを手繰ろうとしたら左指が開いてくるではないか…

こんなはずでは無い!『???あかん~!クリップ出けへん~』でヌンチャクを掴んでしまいMRPは失敗。

2便目もやはりクリップ出来ずフォール!

先々週以来毎日指腕立て伏せ10回を欠かさず行ってきたのに…

もうこの左手は信用出来んともう少し登って大穴を取ってから腰クリップすることにしたら上手く出来た。

これで行こうと15時頃に3便目を、核心のクリップも腰クリップまで登ってからにしたら少し余裕で出来た。

これなら行けるかもと思いつつ小さなポケットを左手で持ったところ腕の疲れと滑りで敢無くフォール。

3便で止めるつもりだったが、クリップホールドのムーブを確かめるため4便目を出し今日の私のクライミングは終わった。

おメグさんも「旅路郎 5.12b」を
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3便めにワンテンだった。

しかし私の使わないホールドを色々使っているようだが中にはあり得ないと思えるホールドを使っている
確かに強い!
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どうよ!この腕の筋肉。
私完全に負けています。

相棒の隊長はリハビリを兼ね「コーナーフェイス 5.10c」「満月 5.11a」をMOS
そして「鷲鼻 5.11d」にMOSトライ。
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結局ワンテンだったのかな?

タカちゃんとあらみちゃんは女性の初登目指して「タフグリップ 5.12a」を
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蝙蝠谷 009
二人とももう少し時間がかかるかな…でした。

今日の私の相棒のはたねーは「レインボー 5.11c」へ3便。
クールダウンで「マーメイド 5.10b/c」を
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これが一番しんどそうやった。

それから今日は色々な生き物で出会った。
駐車場からゴミを拾いながら車止めのところまで来たら湖面から魚の跳ねる水音が聞こえて来る。
しかもアッチコッチから聞こえてくる。

何事なんやと湖面を見たら魚がアッチコッチで飛び跳ねている、通りがかった若者釣り師に何事かと聞いたら鯉や鮒が産卵しているとのことだった。

そして上部岩場の大テラスに大きな青大将がいたし可愛い野ネズミも居た。
あのネズミは蛇の食糧になるのだろうか。

そしてそして大きな毛虫が
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これは何の幼虫なのかな…?

明日日曜日当初は備中日帰りの予定だったが天候がイマイチなので止め、蝙蝠へ行くことにした。
私が今日RP出来なったからでは決して無い!

それではお楽しみに

2012.06.20 算数
➊かばんに同じ重さの本を2冊入れたら、1.6㎏ありました。同じかばんに本を5冊入れると、2.5㎏になりました。これについて、次の問いに答えなさい。

①本1冊の重さは何gですか。

②かばんの重さは何gですか。

➋びんに油を3L入れてはかると、全体の重さはちょうど3kg、油を1L使ったあとはかると、全体の重さは2.05㎏になりました。これについて、次の問いに答えなさい。

①油1Lの重さは何kgですか。

②びんの重さは何kgですか。



上の2題は5年生のハナが通っている塾の問題だ。
ハナはどうも算数の文章問題が苦手らしく、普段必要以上に大きな声で話をするのだが、算数の問題集を前にすると、豹変し目は焦点が定まらずウロウロしだし、声は蚊の鳴くような小さな声になる。
たぶん書かれている文章の意味が読み取れないのが原因だと思う。

なので絵を描いて噛んで含めるようにして教えるのだが、チンプンカンプンな計算をしだすので、私もついつい声が大きくなる、そうなればハナの声が益々小さくなる。

あとで冷静に考えれば私もハナと同じ頃文章問題になると書かれている意味が読み取れず全く問題が解けなかった。それ以降算数そして数学は苦手教科になった。

私の血を引くハナが可哀想だが何かええ手立てはないものか…。

ちなみに上の2題の答えは

①本1冊の重さは何gですか。
2.5kg-1.6kg=0.9kg
5冊-2冊=3冊
0.9kg÷3冊=0.3kg
0.3kg×1000=300g  答300g

②かばんの重さは何gですか。
0.3kg×2冊=0.6kg
1.6kg-0.6kg=1kg
1kg×1000=1000g   答1000g


①油1Lの重さは何kgですか。
3kg-2.05kg=0.95kg  答0.95kg  

②びんの重さは何kgですか。
0.95kg×3L=2.85kg
3kg-2.85kg=0.15kg  答0.15kg 

合ってますかねぇ~?(苦笑) 
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2005年2月に舌癌の放射線治療を受けてから1年後、よもやの膵臓癌告知。
全摘手術のあと、夫は「いい死に方はないかな」とつぶやくようになった。
退院後夫婦水入らずの平穏な日々が訪れるも、癌は転移し、夫は自らの死が近づいていることを強く意識する。
一方で締め切りを抱え満足に看病ができない妻は、小説を書く女なんて最低だ、と自分を責める。
そしてある晩自宅のベッドで、夫は突然思いもよらない行動を起こす―

↑↑
帯から

その突然の行動は
幕末の蘭方医師佐藤泰然(順天堂塾創設者)死期をさとり高価な薬品滋養のある食物を断ち、死す。
理想的な死。

を実行に移したのだろう。

夫…吉村昭1927年(昭和2年)5月1日 - 2006年(平成18年)7月31日
代表作…『星への旅』(1966年)太宰治賞、 『ふぉん・しいほるとの娘』(1978年)吉川英治文学賞、 『破獄』(1983年)読売文学賞および芸術選奨文部大臣賞。

妻…津村節子1928年(昭和3年)6月5日 -
代表作…「玩具」で1965年第53回芥川賞受賞。
下記の要領で恒例の備中清掃活動が行われます。

備中の岩場で、今年で8回目となる一斉清掃草刈活動を、以下の日程と内容で開催します。
昨年同様、備中高梁クライミング協会との共催です。
【主 催】 高梁川流域クライミング交流会(TCNet)
【共 催】 備中高梁クライミング協会
【日 時】 平成24年7月8日(日)9:30~15:00
■9:30 開会式
■10:00~12:00 各エリアの清掃草刈
■13:00~15:00 搬出技術講習会 講師・松本憲親(国立登山研修所講師・KINet)
【集合場所】 用瀬嶽クライミング広場(用瀬小屋)
【内 容】 各エリアの清掃と草刈
【エリア】 用瀬周辺、羽山周辺、長屋坂、杉田ロック、川エリア、権現谷
【参加費】 500円(参加費は、TCNet の各種活動資金とさせていただきます。)

★軍手、火鉢、鎌、刈り払い機等、清掃・草刈に必要な用具は各自でご持参下さい。雨天決行です。皆様お誘い合わせの上ご参加ください。たくさんのクライマーの参加をお待ちしています!!

※清掃活動終了後、今年は岡山エリアにて搬出技術講習会(講師・松本憲親(国立登山研修所講師・KINet))を行います。こちらは自由参加ですが、岩場で事故が起きた時の搬出方法についての講習ですので、合わせて参加ください。


それから昨日行われた《勝山清掃活動》の詳細は下記のブログで

ババチョップ。5.12OS?

イケダエンヂニアリング♂。
2012.06.17 PUMP
今日はあらみちゃんのリハビリを兼ねPUMPに行って来た。
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改装前に行って以来だったのであまりの変わり様に驚いた。

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OPENと同時入店し20本登るのを目標に5.9~5.11dの間の易し目に多く取り付き
結局26本?登ったと思う。

隠密N師匠流に言うと1本の単価は80円也。←安!

しかし20本近くなると10台でも必死のパッチなる、ええ持久力トレが出来たと思う。

それから今日コウモリ谷でリード君が「旅路郎5.12b」をRPしたそうだ。
おめでとう!

私は今週の土曜日にRPします。←雨が降ってなければ
今日明日の日程で行う予定だった備中・長屋坂再生作業が雨天のため延期になりました。

次回の実施日は後日の協議にて決める予定です。

詳しくはこちら⇒高梁川流域クライミング交流会
トアロードのKAMOスポーツを東に入って直ぐに緑に囲まれた旧い一軒家がある。

一目見て戦前からの佇まいと分かるその一軒家は豆腐屋だった。

今頃の若者が見たらたぶん何屋なのか分からないだろう。
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この前を出勤途中に通るようになったのは三日前からだが、その店先に無造作に置かれている牛乳瓶に目が止まった。
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日によって数が違い、初めての日は三本で昨日と今日は四本だった。
たぶん豆乳だろうなぁ~と思いつつやり過ごしていたが、昨日会社に着いてから、飲めば良かったと悔やんだ。

そして今朝まっしぐらに豆腐屋へ

一歩店に入って水の打たれた床がこの店の歴史を物語っていた。

床に敷き詰められた御影石が妙な曲線で凹んでいる。

そう!長い年月店の人が歩いたところだけ凹んでいるのだ。

凄いなぁ~戦災にもあの震災にも耐えたんやと思うとどうしても飲まずにはおれなくなった。

「おはようございます。」二度三度呼べども返事がない。

留守か?もう一度奥に向かって大声で「おはようございます!」

暫くして『は~い!』と女性の声で返事が、やれやれ飲めるわ♪

若い頃はさぞかし美人だっただろうと思わせる初老の女性が出てきた。

「おはようございます、これ豆乳ですよね~!?」

『はい、毎日飲む人決まってますから。』

「私、飲んでも良いですか?」

『良いですよ~』

「おいくらですか?」

『百円ほど置いといて下さい。』

少し黄色がかった豆乳を一口飲んだ。
甘くない、しかい豆乳独特の青み臭さがない。
一気に飲み干した。
後味も残らない、これなら毎日飲める。

私も決まった人になろうと飲み終えた後に強く思った。


参考までに
豆乳は大豆イソフラボンが含まれ、ポリフェノール化合物の一種で、「植物由来エストロゲン」と呼ばれることもあり、体内で女性ホルモンのエストロゲンと同様の働きをし、これが骨粗鬆症予防効果、抗動脈硬化作用、更年期障害の緩和など健康にいいとされている。また、乳がんや前立腺がん等の予防にも効果があることが、疫学的な調査で明らかになってきており、特にイソフラボン配糖体のゲニステインという物質に、腫瘍の血管新生を抑える効果があり、それにより腫瘍の増殖を抑制することがわかってきた。

豆乳の主原料であるダイズにはマグネシウムが多く含まれており、マグネシウムの大腸癌の予防の可能性が指摘されている。しかしながら、過剰のマグネシウムには下痢を起こす作用があるので、豆乳を大量に飲むと下痢を起こすことがある。←ウィキペディア百科事典から

さてここで困った問題が出て来た、私は腸が弱いので下痢を起こしやすい。
豆乳を大量に飲むと下痢を起こすことがあるとのことだが今日は大丈夫だった。

まぁ~一日牛乳瓶一本分の豆乳は大量とはいわんやろ。
2012.06.14 無理!
R&S#056の記事でJack中根のクライミング道場第十七回「パンプに強くなろう」を今夜やってみた。
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結論からいうとこれは無理!
相当の忍耐力がいる。

この忍耐力があればルート中でのパンプは我慢出来ると思った。

それから風呂で行ったのだが約40分程かかるので逆上せて倒れそうになった。

それからこの時期に0℃~4℃の冷水を作るのには可なりの氷がいる、今日は12℃しか冷やせなかった。

やるなら冬がいいです。

参考に風呂の温度は40℃
下記の記事は現場に居合わせたかおりさんとその報告を受け自身のブログ《今日もお天気》のSunnyKさんの許可を得て転載しました。


この週末に帝釈に行ってたカオリさんから、6月10日の日曜、昼過ぎに、帝釈第2道場で、大量の落石があったと報告がありました。行かれる方は要注意です。
以下はカオリさんの報告文:

6月10日

第二道場にて、昼過ぎ、
大吾さん~フルボディの間の幅で大量の落石が起きました。
まるで土砂降りの雨のように5秒以上続きました。

上部にいたクライマーは被った岩の下で全員無事。
最下部にいたクライマーも全員無事でした。

もしも中間部のファーストラブの辺りにいたら転がってきた落石に当たっていたと思われます。
枯れ木に石が食い込んでいたと、下部にいたクライマーから聞きました。

前日から数個の岩が落ちてきていました。
当日も、時折さほど大きくない岩が落ちてきていましたが、奥へ行く道の入り口にある大きな岩のそばに
約40cmもある岩が落ちてきました、その5~10分後に大量の落石がありました。

大吾さん、トムキャットの辺りに結び目のないフィックスロープが垂れてあります。
そのフィックスロープから奥(岩から離れる方)へ行かない方がいいです。

金曜日に大量の雨が降ったと地元の方がおっしゃっておられたので地盤が緩んだのか?
梅雨入りしましたので、梅雨明け後も注意が必要。
クライマー、ビレイヤー共にヘルメット着用必須。


第二道場は一昨年にもアプローチの冷蔵庫大の落石がありクライマーが巻き込まれ滑落する事故がありましたが、クライマーは幸いにも大事に至らず無事だっと同行していた方からお聞きしました。

壁の上部がどうなっているのか現在では分かっていませんの暫く近付かない方が賢明かも知れません。
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今号も読み応えのある記事が多かったが特に面白かったのは

日本のベストクラックエリア
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前々から気になっていた加西市古法華の岩場の「血と汗5.11b/c」
この秋広島の若者とチャレンジに行く。

もう一つの記事は

Jack中根のクライミング道場
第十七回「パンプに強くなろう」の巻
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早速道具を揃えている最中。
2ヶ月後をお楽しみに
一本橋の防腐剤塗装作業のため7時過ぎ家を出た。

塗装作業は7時30分頃から始め早目に終わらすつもりだったが結構時間がかかった。

塗っている途中にクライマーが来られたのでフィックスロープを頼りに流れを越えてもらおうとしたら

私の打ち込んだハーケンが抜けお二人を危うく湖に落とすところだった。

P会のK中さんともうお一人女性の方でしたが本当に申し訳ありませんでした。
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私の責任でのアクシデントがあったが9時半頃作業は終了した。

この一本橋は蝙蝠谷再開後に設置されその後毎年2回U津さんが防腐剤を塗られていた。

このことは先週U津さんにお会いした時の話の中で初めて知った。

その話の中で昨年は手術で塗れていないとの事だったので私が塗る事にさせてもらった。

次回の防腐処理は年末に行うが平日に行うようにします。


作業後岩場へ

今日は我会からテラ君、リード君、ようこちゃんが来ていた。

久し振りのテラ君は10台を積極的に登っていた。
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「コーナー5.10b」のテラ君。
最後「マーメイド5.10b/c」にMOSトライしたが失敗だったそうだ。

九州の本匠以来のようこちゃんも久し振りのコウモリを楽しんでいた。
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「アパガード5.10a」をリードするようこちゃん。

そして「旅路郎5.12b」のワンテン地獄に嵌りつつあるリード君
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今日は3便出したようだがやはりワンテンだった。

私も「旅路郎」に2便出した。

旅路郎は4月1日に初トライして今日までに8便出していたが3テンが最高だった。

それがなんと!今日の1便目で核心までノーテンそして核心部の始まりの左手を保持出来ずにフォールしたワンテンだけで抜けれた。

そして充分レストした後の2便目に左手を若干の余裕を残して止めたが次のホールドに迷い力尽きてフォール。

何故迷ったかと言うと私の前に登ったリード君が私の使っていないピンチを持っていた、

そのピンチを使えば多少楽に右手ギャストンを取れるのではと思ったからだが

その場になって何処にあるのか分からず従来通りの登りに戻したが時すでに遅く力尽きフォール。

しかし今日は今まで8便出した中で一度も保持出来なかった左手薄いフレーク状の縦カチが保持出来た。

これは秘かに行っていたコソトレの成果だ。

そのコソトレとは指腕立て伏せだ。

普通腕立て伏せは手の平を床に付けて行うが、私は指の保持力の強化のため6月5日から毎日10回指腕立て伏せをしていた。

4日に《憑き物が落ちたよう》の記事を書いてからこれではアカン!と思い指力の強化のために始めた。

しかしまだ5日しか経っていないのに成果として出たのには正直驚いている。

一時「旅路郎」は今年中にはとの思いだったが今日の思わぬ成果で近々RP出来るのではとの思いになった。

次回のコウモリ谷は」6月23日の予定だ。

それまで指腕立て伏せで指力を付けようっと。
2012.06.09 一本橋
今日予定の一本橋の防腐処理作業は明日に延期します。

明日は早朝から作業を行いますのでご迷惑をおかけしますが

ご協力とご理解のほど宜しくお願いします。
明日土曜日午前中に岩場へのアプローチにある枕木を利用した一本橋の防腐処理作業を行います。

そのため午前中は一本橋は渡れませんのでご注意下さい。

なお安全のためロープをフィックスしますのでご利用下さい。

小雨決行する予定ですが雨量により延期します。
その時は改めてお知らせします。

皆様のご協力とご理解のほどを宜しくお願いします。
四日に《憑き物が落ちたよう》との記事を書きましたが同時にブログの更新意欲も落ちたようです。

以前から更新しないと落ち着かなかった、この二日間も更新せなあかんなぁ~と思いつつも記事を書く気が起きなかった。
以前はそんな時でも無理やり書いてましたが、今後は無理やり書くのを止めようと思います。

なので今後は頻繁に更新出来ないと思いますのでご理解のほど宜しくお願いします。

ただ私は気分屋なので気分が良ければ毎日でも更新すると思います。
1月の終りに「親の心子知らず 5.12a」を登って数々あった長年の宿題から解放された。

しかしまだ宿題は多く残っているし登りたいルートも多くある。

しかし2月以降、以前のようにルート中の出来ないムーブを時や場所に関係無く頭の中であれやこれやとイメージトレーニングしたり暇があれば筋トレをしたりする事がなくなった。

そして登りに行く前夜に興奮して寝付けなかったり、夜中に目が覚めたりもしなくなった。

4月5月と私にとっては絶好のクライミングシーズンにも関わらず備中へは一度しか行っていない。

こんなことは備中に通い出して初めてである。
しかしそんな気持ちに対して焦りのような感情は無い。

バーンアウトシンドローム《燃え尽き症候群》なのか。
それともやり過ぎて故障や体調不良を起こしたのがトラウマになっているのか…。

しかしクライミングに対する情熱は失っていないし楽しい。

そしてサーティーンへの夢も捨ててはいない。

憑き物が落ちたようとは今の私のような精神状態を言うのだろうか…。

自分ではよくわからない。
少し早目にコウモリ谷へ

久し振りにUさんと遭遇し暫くお喋りを。
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9時からの消防団の集会前に畑の手入れを
お元気そうでなによりでした。

そしてまだ時間があったのでアプローチの階段の草刈を
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作業が終わる頃にメンバーがやってきたので岩場へ

今日天気予報では9時頃には雨も止むとあったが昼前頃まで雨が降り続いていた。
それでも殆どのルートは影響無く登れた。

今日岩場には私を含め12名来られていた。
その中にコウモリ谷では初めてお会いした京都からのお二人さんが
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「復活」のIさん。

もうお一人は
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「活断層」のKちゃん。

今日の私の仲間はリード君、チカさん、たかちゃんだった。そしてRP狙って夫々のルートへ
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「旅路郎」のリード君、3便出すもワンテンだった。

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「ロンググリーン」のチカさん。
今日はMRPを狙ったが次回持ち越しになった。

そして最近絶好調のタカちゃん。
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「ピロリ 5.12a」を3便目にRPした。
この登りを見ていたIさん曰く「あの登りはサーティーンの登りです、素晴らしい~!」

私ですが「旅路郎」に2便出しましたが2便目にテンションしながら何とか終了点に辿りつくのが精一杯でした。秋までボチボチでんなぁ~。

そして今日『山の朋あこがれ』の方々が大テラスへの丸太の梯子の手直しと防腐剤を塗ってくれました。
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防腐剤を塗られるH見さん。
ありがとうございました。
2012.06.02 模様替え
我が家の庭木の手入れを我会所属の庭師H君にやってもらった。
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弱っていた「エメラルドグリーン」を抜いて「コナラ」を植えた。

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手前に植わっていた「アベリア」を「カイズカイブキ」に替えた。

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ここには「エメラルドグリーン」の替りに「ハイの木」と「ツリバナ」を植えた。

生垣の「カイズカイブキ」の下に茶色の小さな粒がびっしり落ちていた。
私は花粉だと思っていたが、毛虫の糞だった。

H君が薬を散布したあと毛虫がうじゃうじゃ落ちて来た。

それから以前から我が家の庭のどこかからカエルの鳴き声が聞こえていたが、H君によるとアマガエルの鳴き声だそうだ。
なので薬を弱くして散布したとのこと。

それから大きく育った我が家のシンボルツリーの剪定もやってもらった。

何度も自分でしようと思ったが、全体のバランスを考えると失敗は許されないので手出し出来なかった。

これからも定期的に見てもらおうかな。
2012.06.01 雨の季節
今日から六月水無月である。

この時期に似合う花は
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紫陽花だ。
私の好きな花だ。

話が変わるが、今日久し振りに神戸電鉄で出勤した。

その車中で私は吊革を持ってボーっとして立っていた。

暫くして左肩を叩かれたので顔を向けたら、五十代前半と思える男性に『座りませんか?』と言われた。

その男性の前に私なら何とか座れるスペースが空いていた。

私は『大丈夫です、ありがとうございます』と返事した。

多分私が変な咳をしていたので具合でも悪く見えたのか、それとも可なりの年寄りに見えたのかどっちなんやろうと考えてしまった。

しかしその男性の好意は嬉しかった。


又又話が変わるが、今週末の日曜日は当初三重県の「椿岩」を予定していた。

しかし天気予報がコロコロ変わって決行するか変更するか非常に迷った。

私一人で決めかねるので参加予定のメンバーにお伺いを立てた。

その結果「椿岩」を止めて「コウモリ谷」へ行くことになった。

「旅路郎」を頑張ろうかな。