FC2ブログ

プロフィール

マメオ

Author:マメオ
Mr ビーンズことマメオです。
1951年1月3日生 ♂
出生地:高知県内
現住所:神戸市内
家族:女房一人、息子二人、嫁二人、孫四人、その他昆虫、爬虫類等多数
趣味:クライミング、家の掃除など
収入:少々


最近の記事


月別アーカイブ


カテゴリー


リンク


DATE: CATEGORY:
001_20120807204448.jpg

江戸時代の一人の漂流者の記録に基づいて書かれた小説である。

天明5年(1785年)1月、土佐藩赤岡村(高知県香南市赤岡町)から田野(高知県田野町)へ三百石船にて御蔵米を運搬した帰路に、船は土佐沖で嵐(冬の大西風、シラ)に遭遇し、舵・帆柱を失って漂船となった。
漂船は室戸岬を越えて黒潮に乗り無人島の伊豆諸島の鳥島に漂着した。

この船には水主(船員)の長平以外に三名の水主がいたが、漂着後2年以内に相次いで死亡し、以後長平は無人島での単独生活を強いられる。鳥島での主な食物はアホウ鳥の肉と卵、それに少量の海産物であった。

長平の漂着から3年後に大阪船が、さらに2年後に薩摩船が漂着し、無人島生活者は十数名に増えた。しかし、精神的な影響や栄養不足などで、3分の1は死亡していった。

漂着から数年が過ぎても島の近傍に一隻の船影も見られないことから、故郷への帰還を目指す長平らは自ら船の建造を始める。
材料となる木材は島に漂着する難破船の部品を手分けして集め、また釘については炉を構え、古釘や碇を溶かして作った。造船開始から数年の後、船体がつぎはぎだらけの三十石の帆船が完成した。
船には生存していた漂着者14名全員が乗り込み、数日の航海で青ヶ島を経て無事八丈島に辿り着いた。
長平にとっては13年ぶりの社会復帰であった。

長平は1798年(寛政10年)1月19日に土佐に帰還した。
藩から野村姓を名乗ることを許された。その後、野村長平は各地で漂流の体験談を語って金品を得るなどし、また妻子にも恵まれ、60年の生涯を全うした。帰還後につけられた「無人島」という彼のあだ名は、墓石にも刻まれた。←ウィキペディアフリー百科事典から引用

*長平の墓石が高知県香南市香我美町岸本(国道55線沿い)に現存し、香南町の史跡に指定されている。

*土佐くろしお鉄道の香我美駅前(高知県香南市、墓石の近隣)に長平の銅像が建立されている。

いつかの日か訪れてみたい。
| BLOG TOP |

copyright © Mr ビーンズのマメマメ日記 all rights reserved.Powered by FC2ブログ