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マメオ

Author:マメオ
Mr ビーンズことマメオです。
1951年1月3日生 ♂
出生地:高知県内
現住所:神戸市内
家族:女房一人、息子二人、嫁二人、孫四人、その他昆虫、爬虫類等多数
趣味:クライミング、家の掃除など
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久し振りに浅田次郎氏の本を読んだ。
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小説ではなくエッセイなのだが、身に積まされるエッセイが多々ある。ブログネタに行き詰まった時に紹介しようと思ってます。少し長文です。


『一家団欒』
南アフリカの先住民たちは、ヨーロッパからやってきた白人たちを「四角い家に住む人」と呼んだそうである。諸部族の生活様式を保存公開している文化村に行ってみると、デザインや着彩はそれぞれちがうが、なるほどどの部族の家も形は正円形である。
サバンナ地帯には柱になるような巨木が少ないから、石と土と雑木とで家を造ろうとすると、自然こうした円形になるのであろうと私は考えた。彼らの目から見れば、四隅に柱を建てた四角い家はさだめし奇怪であったろう。
…中略…
チュニジアの地中海沿岸からサハラへと向かう途中に、先住民族であるベルベル人の集落があった。『スターウォーズ』のロケ地にもなった、あの赤茶けた岩山ばかりの土地である。なんでもベルベル人は、十二世紀から十三世紀にかけて侵攻してきたアラビアンに追われて、この山岳地帯に逃げこんだらしい。何しろ大サハラの衝立のような岩山であるから草木もほとんどなく、平らかな場所もない。彼らはそこに横穴と竪穴を掘り、今も穴居生活を続けているのである。
この住居というのが、実によくできている。まず岩山の斜面に横穴を掘削し、これが玄関と廊下である。その先には円形な巨大な竪穴を掘った露天の中庭がある。居室は中庭をぐるりと囲むような横穴になっている。つまり家を建てるのではなく、石灰岩の岩山を縦横に掘って、明るく風通しのよい住居を穿ち出しているのであった。この家はすべてが円い。円い玄関に円い廊下に円い個室。そして中央には円形の中庭がある。住人の説明によると、夏は涼しく冬は暖かいらしい。むろん、外敵から身を隠して住むという、本来の目的にも適っている。中庭の竪穴を深く掘って、二階建てとなっている家も多いそうだ。
ミントティーをごちそうになりながら、私はしばらくの間その中庭に座って、円い空を見上げていた。
ふと、人間の住む家の基本は、円形なのではなかろうかと思った。山国の日本は建築資材は豊富なのに、稲作が普及して定住生活を始めてからも、人々は竪穴式の円い家に住み続けていた。
そもそも四角い家という発想は、家族がプライバシィを望んだ結果なのではなかろうか。つまり円い家に隔壁は造れないから、その壁に沿って家が四角くなったのではないのか。さてそう思うと、事は重大である。
プライバシィの要求、隔壁の出現、四角い家、という住居の進化過程は、裏を返せば家族意識の退行を意味しているのではあるまいか。もしアフリカの先住民たちがそう考えているのなら、「四角い家に住む人」は進歩した人々ではなく、退行した哀れな人々ということになる。
われわれが進化と信ずる住環境は、ついに真四角の住居を三次元的に組み立てた集合体となり、その内部もまた強固な壁で隔絶された小部屋となってしまった。
ご近所とも家族とも没交渉、これが「四角い家に住む人」の理想なのである。
私は建築史のことなど何も知らないが、小説家らしく理屈を捏(こ)ねると、「一家団欒」の「欒」の字は栴檀(せんだん)の漢名である。広義にはザボンや白檀の木もこの文字に含まれる。いずれにせよ花が咲き、実がなり、香りもよい木で、中国では四合院の中庭に好んでこの木を植えた。
四合院という中国の伝統建築は、「四角い家」ではあるが、家族の円居(まどい)の場である中庭を持つのが特徴である。すなわち「団欒」とは、四合院のそれぞれの棟に住む家族が、中庭の栴檀の木の下に集まって、和やかなひとときを過ごすことを指しているのであろう。ちなみに四合院よりさらに古い客家(ハッカ)の住居は中庭をめぐる正円形である。
家族の希望と都市生活の必然によって、家が円形から方形に変わらざるをえなくなっても、聡明な中国人はごく近年まで、家族の円居の場を残したとも考えられる。
しかしわが国の住宅事情には、中庭などという贅沢は許されない。かくて昔は「お茶の間」、今は「リビングルーム」という家族の共有空間が円居の場所となった。
ベルベル人の家では、竪穴の中庭に家族が寝転んで、丸い夜空の星を読んだり、祖父母の昔語りに耳を傾けるのが夜ごとの習いだったのであろう。まさに理想の団欒である。思想も教養も道徳も、完全に正確に子孫へと享(う)け継がれたはずである。家族の絆(きずな)というものは、愛情や信頼だけでなく、こうした長い円居のときによって形成されるもであろう。
それにしても、この中庭の進化形態であるはずのリビングルームは、今やその求心力を失ってしまった。私が子供のころには、家族をそこに集束させるだけの力を持った、テレビジョンなる神器があったのだが、この神様は次第に権威を失ってしまって、今や家族各自の部屋に置かれているのみならず、その密室の中においてさえ、パソコンや携帯電話にその神性を奪われてしまった。
かくしてリビングルームは伝統ある円居の場としての存在理由を失い、そのかわり見知らぬ疑似家族が夜な夜な集う、インターネット上の円居の場所が出現した。およそこうしたところが、「四角い家に住む人」の現状である。思想も教養も道徳も、親から子に引き継がれるものは何もなくなり、そればかりか愛情も信頼も怪しくなった。昨今の奇怪な事件の多くが、この円居のひとときの喪失によって説明がついてしまうのだから、やはりこれは進化ではなく、退行と考えるべきであろう。
このごろ人の親として考えるのだが、子供を育てるにあたって、改まった教育などはさほど必要ないのではなかろうか。それよりも大切なことは、いかに長い時間を子供とともに過ごすかであろう。
幸いなことに私は、長い間竪穴式住居のごとき家に住まい、常に子供のかたわらで売れもせぬ小説を書いていた。家にはリビングも書斎もなく、すべてが円居の中庭といえばその通りであった。おかげで子供は、ベルベル人のごとく大らかに育った。
彼らはわれわれの住む四角い家に、今も首をかしげているにちがいない。われわれが文明と信じている生活の中には、実は多くの知的退行が潜んでいる。
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