一途な眼の金メダル2008-09-05 Fri 22:01
吹雪いた札幌の夜のことだ。
力のある眼のヒトだな、と思った。 それが五年前の第一印象だった。 北京五輪を取材した。 二十五年もスポーツライターをやっていると、いろんな出会いを重ねる。 記憶の片隅に残っていた選手が大舞台で活躍するようなことがある。 ソフトボールの金メダリスト、上野由岐子さんもそのひとりだった。 北京の決勝戦をバックネット裏でみながら、五年前のことを思い出した。 和食屋で、彼女はルネサス高崎の監督(当時)の宇津木妙子さんに連れられてやってきた。 左手ではしを使っていたので、「あれっ。左利きだったの」と聞けば、左右のバランスを保つためです、と右腕の投手ははにかんだ。 その後、彼女はテレビのバラエティー番組にも出るようになった。 ある番組でボウリングをさせられ、ガーターを投げた。 よくみると、左手で投げていた。 後日、「なぜ」と聞けば、「右手が宝物だから」と笑った。 ソフトボール以外に使わないのです、と。 一途なヒトである。 ちゃらちゃらした青春生活とは決別し、すべてをソフトに捧げてきた。 四年前との違いは、実はコンディションである。 栄養のバランスを自分で考え、苦手な野菜をたくさん食べるようにもなっていたのだった。 決勝戦の直前、「心境は?」と聞けば、「今を生きる、って感じですか」と漏らした。 優勝の翌日、「次の目標は」とぶつけた。 「今まで五輪のため、いろんなことを我慢してきた。これからは、違う形でソフトを楽しみたいな」。 二十六歳は日に焼けた少年のような顔をほころばすのだ。 願えばかなう。 上野さんもだが、これがスポーツ選手から一番よく聞く、モットーである。 松瀬 学(まつせ・まなぶ) ノンフィクション作家。 1960年長崎県生まれ。 早稲田大学卒業。 共同通信を経てフリーに。 高校、大学でラクビーに打ち込み、スポーツ報道の道に。 著書に「汚れた金メダル」「五輪ボイコット」「こわ〜い中国スポーツ」など。 千葉県在住。 5日神戸新聞夕刊の『随想』から 一途に打ち込めば必ず報われるとは限らない。 近代オリンピックの生みの親クーベルタン男爵の「オリンピックは参加することに意義がある」との名言はもはや死語になった。 各国がメダル獲得に国力を挙げて選手を養成している。 また選手の中には金メダル以外は価値が無いととれる言葉を平然と口にするものもいる。 国民なかにもメダル取れないようなら派遣は無駄、いう人たちもいる。 いつごろからこのようになったのだろうか。 その結果ドーピングが絶えない、特に旧東欧諸国の選手に多い。 ハンマー投げの室伏 広治選手が銅メダルに繰り上がりそうだ。 アテネに続いて北京でも繰り上げによるメダル獲得となるが、当人はたぶん複雑な思いでいるだろう。 |
この記事のコメント同感です・・・!
まいどええ記事感心します。 おもえばかなう・・・! お互い頑張りましょう・・・!
2008-09-06 Sat 07:11 | URL | MORISAMA #-[ 編集]
>MORISAMA
ありがとうございますm(_ _)m おもいつづけることが大事ですねぇ…
2008-09-06 Sat 08:28 | URL | マメオ #-[ 編集]
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