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マメオ

Author:マメオ
Mr ビーンズことマメオです。
1951年1月3日生 ♂
出生地:高知県内
現住所:神戸市内
家族:女房一人、息子二人、嫁二人、孫四人、その他昆虫、爬虫類等多数
趣味:クライミング、家の掃除など
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点の記とは三角点設定の記録である。一等三角点の記、二等三角点の記、三等三角点の記の三種類がある。三角点標石埋定の年月日及び人名、覘標(てんぴょう、測量用やぐら)建設の年月日及び人名、測量観測の年月日及び人名の他、その三角点に至る道順、人夫賃、宿泊設備、飲料水等の必要事項を集録したものであり、明治二十一年以来の記録は永久保存資料として国土地理院に保管されている。
なお、一般的に点の記というと三角点についての記録であるが、多角点、水準点、磁気点等の測量標にも点の記が残されている。
←小説 劔岳<点の記>冒頭から

4167112345[1]
7月8日のブログに新田次郎氏の劔岳<点の記>を読みたくて図書館に行ったが無かったと書いた。
それから4日後の12日の備中清掃の日、家に帰ったらバス時代の後輩が訪ねてきて本とお土産を置いて帰ったよと女房が言う。本を見たら新田次郎氏の劔岳<点の記>だった、それも真新しい。お土産は有馬の炭酸煎餅だった。
バス時代の後輩は象印君で、私のブログを見てどこかで調達してきてくれたらしい。
いやぁ~嬉しかった。しかしその時借りていた本があったので中々読めなかったがやっと昨日から読み今日読み終えた。

劔岳には過去6回ほど行っている。
最初は1998年8月10日で源次郎尾根から劔岳本峰へ登った。
最近では2005年7月28日に熊の岩にベースを張り、チンネや八ッ峰を登った。

劔岳は私の一番好きな山だ。初めて別山乗越から劔岳の全貌を見たときの感動は今も忘れる事は出来ない。
劔岳で一番好きなところは熊の岩から見る八ッ峰や長次郎谷の眺めだ。
初めて剣沢から長次郎谷を見上げた時果たして登りきれるのかと不安になった。
そして登りながらあまりのしんどさにもう止め!二度とこん!と思いつつ5回ほど行った。

この本を読んで又行きたくなった。今年は映画の影響で人出が多いと予想されるので来年に初登頂コースの長次郎谷左又から剣本峰を目指したい。

記録に残っている剱岳への初登頂は、1907年7月の陸軍参謀本部陸地測量部の柴崎芳太郎らによるものである。7月13日、測量隊の測夫・生田信らが長治郎雪渓ルートから本峰の登頂に成功し続く7月28日に柴崎らが登頂を達成している。柴崎らは山頂には立ったものの岩場の険しさから重い三角点標石を運び上げることができず三等三角点の設置を断念し、標石のない四等三角点とした。そのため、三角点の設置場所を記載する「点の記」は作成されなかった。2004年になってようやく三等三角点が設置され、GPS測量により三等三角点「剱岳」の標高2997.07mと剱岳の最高標高2999m(2998.6mを四捨五入)が求められた。この折に国土地理院により作成された三等三角点「剱岳」点の記には選点日時として「明治40年7月13日」の日付が、選点者として柴崎の名が記載されている。←フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から

生田らによる最初の登頂の際、錆び付いた鉄剣と銅製の錫杖が発見された。古い焚き火跡もあったという。これらの遺物は奈良時代後半から平安時代初期にかけて登頂した修験者のものと考えられている。立山修験の貴重な証しとして重要文化財に指定され、立山町芦峅寺の立山博物館に展示されている。←フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から
コメント

 “点の記”以外にも何冊か新田次郎作の本がありますからいつでも言って下さい。 配達しますので。
お勧めは“槍ヶ岳開山”です。
 後輩&隣邦の象印!より。

>象印君
“槍ヶ岳開山”も読んでないので貸して。

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